スタンダールか!? - 087 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 朝食をとりに外出した帰りに、ホテルの近くのフィレンツェのアリタリア支店に行き、帰りの便のコンファームをしてくる。ホテルに戻って身支度をし、タクシーを呼んでもらい駅まで行った。


 最後の目的地はパルマ。既に、フィデンツァまでは間違って行っているので、今度は間違えない。パルマまでは各駅停車で1時間程で着いた。


遠い夏に想いを-parma hotel 「パルマの町はなとなく生ハムやパルメジアーノ・チーズの匂いがするな」
私が鼻をくんくんさせながら言った。
「錯覚でしょ」
ノッコが一笑にふす。
「何となく匂うんだがな・・・」
 

 ホテルは駅前の通りを6~7分真っ直ぐ歩いて、お城の手前のホテル・スタンダール。スタンダールといえば、パルムの僧院を思い出すが、あれはパルマであってもパドヴァであってもパレルモであても、どこでもよい感じの話だ。(写真右上はホテル・スタンダール)


遠い夏に想いを-romance  高校時代に読んだ小説だが、当時は「赤と黒」の若い主人公ジュリアン・ソレルや「パルムの僧院」のファブリスに夢中になって読んだものだ。ナポレオンの時代で、ナポレオンがイタリア侵入した状況にあわせてフランス人のスタンダールが書いた小説である。イタリア人はナポレオンを北部のオーストラリアや南部のスペインを追い払ってくれる解放軍と考え受け入れたが、現実はとんでもない男で、イタリア王となりイタリアをフランスの支配下に置いてしまう。そのころのフランス軍の動向に沿って書かれた結構分厚い小説だ。ナポレオンはフランスでは英雄だが、他国にとってはただの侵略者にしか過ぎない。


 それよりも、シエクスピアの方が遥かに場所の設定にそれらしさと、史実に即していなくとも、忠実だと思わせるうまさがある。


 パルマはパルマ公国として覚えている。たしか、16世紀の中頃パルマを支配していたファルネーゼ家からパウルス3世という教皇がでていて、息子にパルマ公国として跡を継がせたと記憶していた。


 我々はパルマを中継点として選んでいるので、明朝は早く発たないといけない。従って、市内を見るのは今日だけだ。今は11時頃だから、この小さな町を回るには十分だろう。ホテルの部屋は広いのだが、少々陰気臭い感じがする。荷を解いて、直ぐに街にでた。

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