フェラーラのホテルは駅前にあった。両替が必要なので、まだ明るいので出掛けてみる。困るのは、観光地でないと両替屋が殆ど無いのと、銀行は夕方には閉まってしまうので万事休すである。ホテルを出て左折し、裏側の緑地帯をしばらく歩く。この街では、周囲を城壁に囲まれていて、その跡地が緑地帯として残っている。ただ、駅(写真上はフェラーラ駅)周辺には何も無く、両替所は勿論のこと、食事する場所も無い。仕方が無いので、翌日両替をすることにし、15分ほど散歩してホテルに戻った。
食事はホテルのレストランでする事にする。駅前なのだが、こうゆう不便なところでは、ホテルのレストランも結構はやっている。
団体客が既に場所を占領していた。ドイツ人だろうか。宿泊客以外の地元のイタリア人もいる。料理もそこそこ美味しく、価格もリーゾナブルだ。小さな少年がウエイターとして一生懸命働いている。日本でなら、小学3年か4年生といったところだろうか。なかなか可愛い。食事が終わる頃、こちらのテーブルにやってきた。
「テレフォン・カードがあったら、使い古しでもいいから欲しい」
「イタリアのテレフォン・カードなどないし、日本のでよかったら、持っているはずだからあげよう」
キャノンのプロモーション用のテレフォン・カードをあげた。彼の英語は「テレフォン・カード持ていたら欲しい」しか出来ない。日本へ帰って、まだテレフォンカードの使い古しがあったら、送って欲しいとホテルの名刺に自分の名前を書き添えて置いていった。帰国後プロモーション用のカードを送ってあげた。丁度クリスマス前であったので、お返しにチョコレートを添えてクリスマスカードが届いた。何とも可愛らしいことだ。
ミネソタの遠い日々
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