パドヴァには40分ほどで着く。駅は大理石できた立派な建物だ。駅の一時預かり所で手荷物を預け街へ出た。パドヴァというと何か学術的な香りのする街だ。すぐ思い出すのは子供の頃学校で習ったガリレオ・ガリレイの話しだ。ガリレオはピサの人だが、ここのパドヴァ大学でも教鞭をとっている。(右の写真はパドヴァ大学ガリレオ記念碑)
私はパドヴァといえばタルティーニを連想する。バロック音楽最後の人で、生まれたは今のスロベニアのピランという町の出身だが、パドヴァのサン・アントニオ付の音楽指揮者になっている。バロックの音楽家は伝説が多いが、彼には「悪魔のトリル」というヴァイオリン・ソナタがあるが、夢に現れたヴァイオリンを弾く悪魔から手に入れた曲だと言われている。
さて、先ずは頭の中に渦巻くヴェネツィアの絢爛たる色彩と騒音を静めねばならない。そこで、駅前のマクドナルドに入った。天井がやたらと高く、新しくて近代的な店だ。薄いコーヒーを飲みながら、人影のない街の静けさを楽しむ。
駅前のガルバルディ通りを歩き出す。かなり歩いた。川を越えると左に緑地帯がひろがる。ここにはスクロベーニ礼拝堂とエレミターニ教会と市立博物館がある。はなはだ分かりずらい仕組みになっている。エレミターニ教会は13~14世紀に建てられたが、第二次世界大戦で壊滅的に破壊され、戦後再建された建物だ。堂内にはマンテーニャの壁画が破壊を免れた部分を含めて修復されている。
この後、市立美術館に入った。スクロベーニ礼拝堂は時間が早くて閉まっているので帰りに入ろうと思った。市立美術館とはいえ、有名な画家の絵は余りない。そろそろルネッサンス期の並の絵画には食傷気味になって来た頃だ。今回の旅で、多くの美術館・寺院で有名無名(私にとって)の15世紀から17世紀の絵画を多く見て気が付いたことを一つ・・・下手な画家の絵は人物(単数複数とも)の視線が定まっていない。いい絵では人物の視線がぴたりと決まっている。これは不思議だ。
イタリアに来たからにはルネッサンスとかゴッシクとかの宗教画を見ないわけにいかない。しかし、宗教画は仏画と同じで、余り見ていると辛気臭いと言うか、食傷気味になる。むしろ肖像画などが目の前に現れるとほっとする。日本人は印象派などの絵画が好きだ。浮世絵なとのジャポニスムの影響というより日常の情景や景色を明るいタッチで描いた絵が好きなのだと思う。近代絵画とは題材をキリスト教や古代ギリシャの神々から開放することである。
ミネソタの遠い日々
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