サン・マルコの鐘楼 - 038 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

遠い夏に想いを-鐘楼  サン・マルコ広場には人が出始めていた。空は薄曇りで、今にも雨が降り出しそうだ。左手の鐘楼を見上げた。


 最初の鐘楼は9世紀末に建てられたらしい。度重なる火災や戦火で焼失してきたが、16世紀には現在の形の鐘楼が建設された。現在も当時のままの鐘楼かと思ったが、これも1902年に崩れ落ちて、今見ているのは1912年に再建されたものだという。


遠い夏に想いを-広場  あの日は晴れ上がった夏の一日だった。高い所の好きなチャオがこの塔を見上げて呟いた。
「ぼく、あの高いところにのぼりたいな」
「パパは高いところは苦手だからなあ」

優柔不断なパパは躊躇している。

それでも、チャオはどうしても鐘楼に登りたいと言い張るので、皆で登ってみることにした。ここの展望台は金網で周囲を囲ってあるので、高所恐怖症のパパは安心だ。丁度、11時45分になっていたから、いま登れば正午の鐘の音がまじかで聞ける。


遠い夏に想いを-サルーテ教会  鐘楼の高さはサン・ジョルジオよりも高く、98.6メートルある。微かに霞んでいるが、見晴らしは最高だった。サンマルコ広場が絵葉書のように美しく見渡せる。遠くを眺めると、ヴェネツィア市内が手に取るように分る。霞んでいるがリドの浜辺や街中の寺院も見える。


遠い夏に想いを-遠望02  正午になった。突然、耳をつん裂くような、たくさんの鐘の連打が始まった。互いに話している声が聞こえない。チャオもノッコも耳を手でふさぎ、口をぱくぱくしているが、何を言っているのか判らない。


 遠くで聞く鐘の音は、まさにパガニーニの「ラ・カンパネッラ」(ヴァイオリンの協奏曲2番の3楽章)ように可憐だが、目の前でがんがん鳴る鐘の音はそんなものではない。むしろ、彼の「24の奇想曲」の24番めの最終変奏曲のようにガンガンと激しい。鐘が鳴り止むと、一瞬、ポカンと、身体から力が抜けた状態になった。


 1972年の過ぎ去った遠い思い出だ。