ニュージーランドの牧童たち - 027 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

遠い夏に想いを-wine  サン・マルコ裏手のリストランテに入る。薄暗い店だが、外から見ると大勢の客でにぎわっていた。しかし、これが間違いの元だった。料理はすこぶる不味い。ワインはヴァルポルチェルラ。レチョート製法で作られたヴァルポルチェルラをとったのだが、なかなか美味しい。地元ヴェネトの酒だが、日本ではヴァルポルチェルラは安い酒の代名詞みたいなもので、どうゆう訳かこの手の質のいいヴァルポルチェルラは日本では余り見かけない。


 隣の席には若い男女が20人以上、わいわいやりながら食べているのか、騒いでいるのか分らない。客は彼らと私たちだけ。一人の女の子の誕生日らしく、そのうち、店屋のおやじがケーキにローソクを立てて持って来た。いっせいにハッピー・バースデイ・ツーユーの合唱となった。全員金髪。北欧系かイギリス(ノルマン)系に見える。いや、一瞬、ミネソタ(北欧からの移民が多い。金髪が多く、ミネソタン・ブロンドとも言う)から来た大学生達かと思ったが、どうも違う。話し言葉になまりが強過ぎる。オーストラリアかニュージーランドだ。


 リーダー格の男が、私を見てニコッと笑った。こっちもニコッと笑い、互いに話しが始まった。スティーヴという若い男は私達の席に来て話し始めた。ニュージーランドの牧童たちと女の子たちだという。世界一周の途中で、東京にも行ったと言って、時々カタコトの日本語を間違い間違い喋る。東京は清潔で驚いたそうだ。夜は赤坂や六本木で愉快に飲んだらしい。


 イタリアの殆んどのリストランテはコペルトといってカバーチャージをとる。この連中は、このカバーチャージを値切っている。店のおやじも半分諦め顔で、半分くらい負けてやっている。すると、「値切った」といって大騒ぎになる。食事は不味かったが、ワインは美味いし、客はニュージーランドの牧童たちと我々しかいない。賑やかで、楽しい夜だった。

 ミネソタの遠い日々 - New -
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