スカラ座 - 013 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

遠い夏に想いを-スカラ  ブレラからブレラ通りを歩いてスカラ座へ出た。スカラ座は72年にも劇場内に入った。今回も時間があるので入ってみる。観光用の入り口から階段を上り、上の階からスカラ座の場内をみる。昔と変わらない豪華な光景だ。赤い客席の列が薄暗い照明のなかで広がり、周囲の壁には個室席(バルコニー席)が並ぶ。6階位あり、最上階は立見席の天井桟敷になる。1776年に最初の劇場、ドゥカーレ劇場が焼失し、現在のはその跡に建てられたものだ。


 博物館に寄ってみる。前に来た時より展示品が多くなった気がする。マリア・カラスとパヴァロッティが加わっていた。モ遠い夏に想いを-モーツアルト01 ーツアルトの髪の毛も相変わらず片隅に展示してある。当時、イタリア北部はオーストリアの支配下にあり、1770年に14才でモーツアルトはイタリアを訪問している。オペラ『ミトリダーテ』を作曲し、ドゥカーレ劇場で上演したのである。それから続けて3度モーツアルトはミラノを訪れている。モーツアルトの曲はみな明るいが、幼少期にイタリアで最初の花を咲かせたからだろう。


遠い夏に想いを-ガレリア02  スカラ座を出てガレリアに入る。まだ早いが夕食をガレリアのリストランテで取ることにした。ドゥオーモ広場からの人の往来がはげしいい。テラスに座って夕食とる。メロンとプロシュットのアンティパストはノッコの定番になった。ここのは量は多いのだが、プロシュット(生ハム)が少し乾燥し過ぎてかたい。


 食後ドゥオーモ裏手の商店街を歩いてみる。ノッコが姉妹にちょっとしたお土産を買いたという。2~3軒の店を見て歩いた。革製品で高くないものをという。一軒の店屋を覗いたら、日本の女の子がアルバイトをしているバッグ店。ローマとミラノに10店舗構えていると豪語する店のおやじが出て来て挨拶となった。背丈が小さくて小太りでよく喋る愛想のいいイタリア男だ。こちらも挨拶程度のイタリア語は覚えていたから、和気あいあいと話に花が咲いた。

「革製品はイタリアに限るよ。うちのは皮は厳選しとるから。ほらこれを見てごらん」

おやじが自慢げに喋っているうちに、何か雰囲気で買ってしまった感じはあるが、少々無理に免税扱いにしてくれたのでまあいいだろう。

 ミネソタの遠い日々 - New -
1970年の夫婦子供連れでのミネソタ大学、留学記録にもどうぞ