異国の日本人 - 092 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 パリは朝から雲一つなく晴れ上がり、気分がすがすがしい。今日はフィレンツェに発つ。出発時間は午後の2時15分だから時間はある。と言っても、ただパリからフィレンツェに移動するだけで1日はつぶれる。短期の旅行者にとってはこの時間がもったいない。


 10時頃までは市内でブラブラすることにする。シャンゼリゼ大通りに出ると角にカフェがある。ここで朝食を取った。例によってカフェとクロワッサン。店は空いていて、朝日が店内に差し込んでいる。東洋人の年老いた男性がコーヒーとクロワッサンをゆっくりと味わいながら通りに目をやっている。


遠い夏に想いを-ベルベデーレ 「旅行者に見えないわね」
老人に目をやりながらノッコが言う。確かに身なりは普段着で旅行者風ではない。
「パリに住んでいるのかな。年老いてから異国に無名で住むのは大変だろう。昔、ウィーンのベルベデーレ宮殿へ行った時、日本人のおばあさんに出会ったの覚えている?」
(写真上はウィーンのベルベデーレ宮殿)


 私は遠くを思い出すように言った。
「あー、あのウィーンに音楽留学した娘についてきたおばあさんね。東京の家を引き払って来たって言っていたから、もう帰るところがないんだって歎いていたわね」
「ドイツ語は出来ないし、友達もいないし、することが無いから、毎朝ベルベデーレに散歩に来るんだって言っていたっけ」


 カフェの老人は相変わらず通りを見つめている。後ろ姿が疲れて寂しそうだ。私達はカフェを後にした。そのままエトワール広場に向かって進み、地下道を抜けて凱旋門へ行った。