ルーブル - 090 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

「ルーブルは見ている時間はないな」
私は残念そうに言った。

遠い夏に想いを-louvre01  ルーブルの無料開館日は、現在第1日曜日だが、当時は木曜日だったと記憶している。だからルーブルに来るのは決まって木曜日だった。当時はその収蔵している数に驚かされた。印象派はオルセーに移り、20世紀以降の現代ものは1977年に完成したポンピドゥー・センターに移った。


 ダヴィンチのモナリザは現在のように、厳重に保管はされておらず、普通の絵画と同じく額に収まったまま展示されていた。ただ絵の前にはロープがしてあった。ルーベンスの描いたアンリ4世に嫁ぐマリー・ド・メディシスの一連の絵が大きな部屋一杯に飾られている。これらの絵は彼女がリュクサンブール宮殿を飾るために注文したらしいのだが、このルーベンスの素晴らしい情景の描き方に圧倒された記憶がある。ルーヴルには絵画だけもフランス部門、イタリア部門、その他の国の部門を含めて4部門あり、古い時代や彫刻・工芸部門などあって、ちょっと寄って見て行くなどといっても見切れるものではない。


遠い夏に想いを-louvre03  ルーブルはフランス革命で廃墟になったのだが、ここがかっては王宮だったのだを思い出すことは稀である。ルーブル宮は800年以上の歴史があるのだが、16世紀にフランソワ1世がここに住むまで、150年間も王様が住んでいない期間があったらしい。ルイ14世の時代まで王宮として使われていたのだが、ルイ14世はルーブルを嫌ってヴェルサイユに王宮を移しつしてしまう。それ以来さまざまな変遷があって、1793年に美術館として公開されることになる。



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 「まだ、少しばかり時間があるから、ピラミッドの中に入ってみよう」
当然、当時のルーブルにはピラミッドがなかった。これが出来たとの報道に、また何でと思ったものだ。ヨーロッパでは建築を学んでも実践するところがない。新しい商業地、例えば、パリのデファンスとかモンパルナス、ロンドンのドックランドのような地区でしか腕をふるう場所がない。日本やアジア地区のようにスクラップ・アンド・ビルドでどこでも新しい実験がOKという訳にはゆかないのだ。


 イタリアがいい例だ。ヴェネツィアなどでは条例があって、建物の外装も規制されて簡単に改装できない。しかし、内装は自由だから、このピラミッドも内装の一部とみて、外部に突き出た部分は内装の延長だと考えた方がいいかも知れない。それは地下1階の新しいルーブルの入り口から見上げると特にそう思う。なかなかモダンな感じがいい。まあ、古いルーブルのイメージに拘っているより、これも時代の趨勢だと前向きに受け止めた方がいい。