"Ne touches pas!" - 088 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 18世紀以来この教会の撤去話があったというが、本当に撤去せずに残しておいて良かったと思う。パリもロンドンも街自体は意外と新しい。主要な建物の大半が19世紀に建築されている。たかだか150年か200年前に過ぎない。装飾的な意味で様式があるから古く感じる。特に、日本人には様式美に対する感覚が薄れてきているので何でも古く見えてしまう。


 ここでは、創世紀から始まる聖書絵巻きが全てのステンドグラスに埋め尽くされているのだが、私はキリスト教徒ではないので、残念ながら物語自体には余り関心がない。しかし、人間の宗教に対する情熱がこのような形で提示されると、いくら文字を知らない当時の信徒のためとはいえ、もの凄いエネルギーではないかと思う。人間の宗教心が死後も狂信的電子エネルギーとして地球を漂っているとしたら、何万年にわたって何百億人かの電子エネルギーが色々な宗教から発せられて地球に貯まってゆくなんて空想すると、愉快というか空恐ろしいというか、その執念とか、怨念とかに対して不思議な気持ちを抱いてしまう。


遠い夏に想いを-ポン・ヌフ  シテ島をセーヌ沿いに歩いてポン・ヌフに出た。この橋もパリの代名詞のように名高い。17世紀にアンリ3世の命によって造られて400年も経つ橋である。名前とは逆にパリで最も古い橋で、シテ島を跨いで建てられたその優雅な姿は何度見ても飽きない。


 この橋の右岸の角に『サマリテーヌ』というデパートがある。サマリテーヌは1870年創業という古い店だが、売り上げが落ちみ、2008年に遂に閉店に追い込まれた。


 当時パリに来て、買い物の必要があったので、このデパートに入った。まだパリに来たばかりだから、商店街の様子が解らず、デパートの方が品物が多くて便利だろうと思ったのだ。ところが、専門店の街パリだから、このデパートに置いてある品物はお粗末で、品数も少ないときている。婦人ものの洋服の売り場で見ていると、突然、女店員のおばさんが離れたところから大声で怒鳴った。
「Ne touches pas!」
一瞬、私には意味がわからなかった。


 ノッコがため息をついた。
「触っちゃだめってよ」
チャオがまわりでチョロチョロしていたので、子供を怒鳴ったのだ。何かにつけて子供を目の敵にする。チャオは益々フランス嫌いになる。「このサマリテーヌめが!」と思っても、もう過ぎ去ったことだ。今では店も潰れてもう存在しない。