朝の風景 - 079 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 玄関左側に5畳程のフィリップの書斎がある。セミ・ダブルの簡易ベッドがあって、ここで2人は眼を覚ました。7時頃だろうか。フィリップはシャンタルとジョンを乗せて家を出た後だった。彼等を駅まで送って、学校へ直行するので、朝は会えないと前の晩に言っていた。


 モニックも起きていたが、朝食の用意や子供の世話で忙しそうだった。私達2人は家の回りを散策してみることにした。


遠い夏に想いを-lake  ベランダから裏庭へ出る。外はかなり涼しい。裏庭から50メートルほど先に小さな沼がある。陸上競技場を一回り大きくしたくらいの面積だろうか、ミネソタならレークと呼ぶかも知れない。フィリップの家の玄関脇にアルミ製のカヌーがあったが、時々この湖に浮かべて楽しんでいるのだろう。


 湖の向う側は深い緑の森になっており、濃い陰を水面に映している。微かな朝靄が湖水の表面を緩やかに流れる。水際の木製のベンチに腰掛ける。昇り始めた朝日の中で聞こえるのは、静けさと鳥の囀りだけだ。空は茜色からどんどん青さを増してゆく。この朝の透明感は東京の夏では決して味わえない。


遠い夏に想いを-町並み  家を回って表通りへ出た。近隣の家々はデザインの趣向がみな同じだ。黒いスレートの傾斜の強い屋根にベージュ色の白壁。家の大きさや形は異なるが、どの家も玄関に色とりどりの花が咲き乱れている。日本の住宅地もこのくらいの余裕があってもいい筈だ。


 朝食の支度が出来ていた。モニックと娘の2人だけ。コンチネンタル・スタイルで、カフェオレは大きな器で飲む。
「本格的なカフェオレね」
ノッコがおっしゃる。
「ヘー、こんなドンブリがねー」
私はしきりに考え込む。
なにせ、コーヒー・カップと異なって取っ手がなく、まるで小振りのドンブリである。カフェオレを真似する日本人でも、この器の方はちょっと敬遠するだろうから、日本では流行らないと思う。


遠い夏に想いを-minnesota  モニックが作ってくれたカフェオレは、まるで、心のこもった朝の味噌汁のように、空っぽの胃袋を優しく満たし、朝の目覚めに充足感を与えてくれる。


 あわただしく家を出た。モニックと私たちを乗せた車はレンヌの駅までひた走る。駅前で私達を下ろしたモニックは娘と共に大急ぎで去って行った。(写真上:ミネソタ時代のフィリップの家族と一緒に)


 前日とはうって変わって青空が広がり、素晴らしい夏の一日が戻っていた。慌てていたので駅のコンポストゥールで切符に刻印するのを忘れていた。おかげで車掌に怒られてしまった。イギリスやドイツにはないシステムだが、イタリアも同じ方式だから注意しないといけない。TGVの特急列車は昼前にパリに着く予定だ。