時計塔の前を通って、ディナンの城へ向う。町の北端に城がある。14世紀に、ブルターニュ公ジャン4世という人が造った城塔は「アンヌ公爵夫人の城」と名付けられている。何かノルマン風の造りで、今にも崩れ落ちそうな気配だ。現在は博物館、美術館として、様々な物が展示され、一般に公開されている。時間はないが覗いて見ようと思ったが、入り口が閉まっていて入れない。入館は4時迄で、時計の針は残念ながら4時を数分回ったところだった。
今まで、時間切れで博物館や美術館に入れなかった経験は海外で幾度かある。一番記憶に残っているのが、1972年のミラノでの出来事だ。ノッコとチャオの3人で市内を歩き回って、最後にサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ急いでいた時だ。ここにはダヴィンチの『最後の晩餐』がある。
スフォルツァ城の裏手まで来て、道に迷った。当時、夏場は閉館が5時半だった。既に5時10分になっていた。通りには人影が少なかった。角の建物からブラリと中年男が出て来た。背丈は低く、頭は禿げて小太りの、典型的なイタリア中年男だ。イタリア語で道筋を尋ねた。通じたが、この男は教会に行く道が分からない。信じられない事だった。とにかく大きな声と大きな身振りである。
「あっちかな、こっちかな」
延々と止まらない。場所は分らなくとも、親切心は止まらない。
そこへ、1人の痩せた老齢の男が通りかかった。最初の小太りの男がこの男を呼び止めて、教会への道筋を訊いた。この初老の男も首を傾げた。
「あの教会にダヴィンチの絵なんてあったかなー」
とそこへ3人目の中年の男が通りがかった。最初の男が教会ついて尋ねた。この男も教会の場所のについてはあやふやだ。これで万事休すと相成った。遂に、こちらはそっち除けで議論が続く。
「あっちだ」
「やあ、こっちさ」
「ダヴィンチはないよ・・・」
と口角泡を飛ばし議論が始まった。時計は5時半を回っていた。
「もういいよ。有り難う」
私達は今来た道を引き返した。親切にしてくれたことだし、それだけでよかった。振り返ると、路上の3人の『議論』はまだ続いていた。本当のイタリアを見た思いがして、愉快になった。イタリア人は議論が好きだ。その上、親切だ。