蕎麦が名産などというのは土地が貧しい証拠で、経済的には農民に辛い場所だ。リンゴは長野や山形や青森や北海道が名産の通り、寒い地方の産物だ。(写真右は旧市街で食後の散歩を楽しむ3人)
アメリカでもインディアナなどの中西部や東部のニューイングランドがりんごの産地と相場が決まっている。ミネソタでも10月から11月にかけて、その年のリンゴが町に出回る。広場や空地などにリンゴ市が出る。種類は色々あるが、深い赤味を帯びたデリシャスが木箱に無造作に詰められて並ばれる。日本のリンゴのように形は気にしないから、必ずしもきれいな丸い形をしていない。しかし、味は天下一品だ。歯ごたいといい、甘味、酸味、しぶ味、特有の微かなアクといい、香り、風味などなんとも美味しい。ミネソタでもリンゴ・ジュースは日常的に飲まれる。シードルも量は少ないが売られている。しかし、アメリカはビールの国だから、シードルは低級な酒の扱いにしかならない。
シードル酒もブルターニュの特産だ。英仏海峡に面したブルターニュとノルマンディーは気候が厳しく、日照時間が不足して良質の葡萄は育たない。緯度的には、この地域はシャンパニュー地方やアルザス地方と大差はない。白ワインで定評のあるドイツのライン河やモーゼル河流域はブルターニュやアルザス地方より更に北に位置する。ブルターニュは日照とか、温度差とか、土壌の関係で葡萄の栽培には適していないとフィリップが言う。ノルマンディーではリンゴから作るカルバドスがある。しかし、シードルにしてもカルバドスにしてもビールにしても、フランスではワインやシャンペンやコニャックに比べて脇役でしかない。
英国はフランスのブルターニと区別してグレート・ブリテンブ(大ブルターニュ)というが、両方ともケルトの民である。英国のコーンウォル地方はフランスに近く、ケルトの色が濃い。数千年前に中央アジアから広がってフランス、イギリスにまで達したケルト民族はその後ローマ人やゲルマン民族などの他民族に押しのけられて、アイルランド、スコットランド、ウエールズ、ブルターニュなどに残るだけとなった。抑圧を受け搾取されてきた歴史が地域の暗さを反映している。
ブルターニュ地方は貧しい。かつて、ブルターニュはフランスからの独立を主張して政治的にもめた。今でもその火種は消えていないとフィリップは言う。ブルターニュは人種的にも文化的にもケルトの流れを汲んでいるから、事ある毎にフランスの中央には反発する。そして、更に貧しさに取り残される。まるでかつてイギリスに搾取されていたアイルランドと同じだ。最近は開発が進んで状況は少しずつ変わってきたらしい。しかし、ここでも地元の人達の思惑とは別の結果が現れているとフィリップが言う。工業化が進み、水は汚染され、林檎の木は少なくなり、蕎麦も作付面積が減少している。最近になって林檎園の保護や保存が叫ばれるようになったという。
「ブルターニュの象徴だった女性のあの白い帽子はどうなったの?」
「コワフね」
「そう、あの白いレースの被りもの」
「今じゃ、あんなものを被っている人はいないよ」
フィリップがこともなげに言う。
「観光客相手に見せている所はあるけど」
それほど極端でもないだろうが、確実にブルターニュの伝統と風俗は失われつつある。
ミネソタの遠い日々
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