さて、何とか定食を平らげて店を出ることにする。あんなにガラ空きだった店内も満席になった。なにせ、この界隈の安レストランはどこもとっくに超満員だから、アブレた客達には選択の余地がない。それでも、入口から中を覗いて、殆どの観光客は一瞬尻込みする。パリへ来てこんな酷いレストランで夕食をとるなんて、夢想だにしなかっただろう。この客達の反応を垣間見るのも一興であった。
外へ出た。火吹き男の大道芸も終わりに近付いていたが、彼を取巻く観衆は一向に立去ろうとしない。
私達は夕暮れの迫る街をサン・ミシェル通りまでお腹をかばいながらゆっくり歩いた。まずい飯ほどお腹がはって苦しくなる。まずいワインほど速く酔いが回って悪酔いする。ラ・コショナイユのハウス・ワインは値段の割に美味しかったので、酔いがゆっくりゆっくり回ってくる。緯度が高い上に夏時間のせいで、空はまだ薄明るく、夕焼けの残照が宵闇の中にゆっくりとのみ込まれてゆく。
パリの夕焼けは美しい。その昔INODEPから眺めた夕焼けはパリの街々を紅紫に染めてモンマルトルの丘の向こうに消えて行った。あの頃、サクレ・クール寺院には2度ばかり行った。チャオがケーブルカーに乗りたいとごねるのを、長い急な階段をフウフウいいながら登ったのが懐かしい。
また、ある時には夕暮れの空が一瞬闇に包まれ、突然の雷鳴と同時に大粒の雨が激しく地面を打つ。このオデオンの駅のまわりは傘を持たない人達の右往左往で騒然となった。北国の夏は天候が激しく急変する。ほろ酔い気分で、昔の思い出に浸りながら夕暮れの街を歩いた。
明かりがきらめくセーヌの川面を眺めながら、サン・ミシェル橋を渡り、裁判所の前を通る頃には風も出てきて肌寒いくらい
に気温が下がってきた。サント・シャペルの塔が黒い影となって夕暮れの空にそびえている。ここにはコンシエルジュリーがあり、裁判所があって、その昔、マリー・アントワネットが幽閉されていたというから、少し不気味な感じがする。
しかし、散策しながら照明に浮び上った夜のパリを眺めるのも楽しい、今日は余りにも疲れていたし、気温も下がってきた。とにかくホテルに帰って休みたいの一念だった。シャトレから1号線でフランクリン・ルーズベルトへ帰還した。