7歳になると - 045 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 チャオの7歳の誕生日はモンマルトルが見えるこの部屋でやった。イギリス旅行から帰った頃だったろうか。洋子さんもエリザベート寺田さんも自前の料理を持参した。久しぶりの誕生パーティーでチャオは上機嫌だった。そして、7歳になるのが何よりも誇らしげだった。


遠い夏に想いを-アテネ  パリからの帰途、ジュネーブ、ウイーン、ミラノ、べネチア、ローマ、アテネ、ベイルートに立ち寄ったのだが、アテネの電車(実際はトロリー方式だったが)のなかで車掌がチャオを見て言った。
「料金を払え」
ギリシャ語で叫んだので、意味が分らなかった。
同乗していた太った優しそうなおばさんが同情して英語で助けを出してくれた。
「こんな小さな子に料金を払えなんて、なんてひどいことを」
「おまえ何歳だ」
車掌が言う。
おばさんが英語で通訳してチャオに聞いた。
「僕、7歳だよ」
チャオは胸を張って英語で答えた。
「あっ!」
私は声を出してしまった。日本に帰るまでお前は6歳だぞと言い聞かせてあったからだ。7歳になって10日くらいしか経っていなかった。

車掌は勝ち誇ったようにそっくり返った。
「7歳じゃね」
おばさんはそう言って黙ってしまった。
これは私が悪かった。親切にしてくれたおばさんには申し訳なく思っている。


 アテネでは見解の相違と意思の疎通不足からもめ事にもなった。朝、ホテルをチェック・アウトする際にドルで宿賃を払おうとするとドルは受け付けないと言う。ホテルにチェック・インする時に受付の担当者にドルしかないが大丈夫かと確認していた。
「その担当者を出してくれ」
「昨日の担当者は今日は非番です」
「じゃあ、両替所はどこだね」
「ここから15分くらい歩いて・・・」
「もう飛行機が出てしまうから、急いで空港までいかないと」
結局、ドルを「受け取れ」「受け取らない」のやり取りの後、「金を払わないで出るから」と怒鳴ったら、「仕方がない、いいですよ」「両替手数料も払わないぞ」とむちゃくちゃな要求をして、結局、手数料は折半ということでホテルをでて、タクシーに乗り空港へ向かったのを思い出す。今になって思い出すと、こんなことはすべきでなかったと悔やまれる。