駅の出入口は高台にあって、ジュシュー通りは緩やかな坂道になっている。左側には商店やレストランが並ぶ。右側は校舎の塀で、通りに沿って大きな並木が続いている。
「どうも感じが違うみたいだけれど・・・」
奥様は相変わらず首を傾げている。
ご主人は断片的だが、徐々に思い出し始めていた。
「とにかく、校舎に沿って真直ぐ行こう」
車も人も通らない眠ったような街をゆっくりと歩きだした。エコール通りとカルディナル・ルモワーヌ通りが交差する角まで来て、ノッコが呟いた。
「何だか、少しずつ思い出してきたわ」
この通りには記憶があると、ノッコは言う。
「この先が正門で、その前に本屋があった筈よ。帰りによく覗いたもん」
私には正門側の通りの記憶がほとんど無い。むしろ、この先のエコール通りの方に記憶があった。
「キャンパスの方は後回しにして、こちらを歩いてみようよ」
ひと休みしたかった。エコール通りの角のカフェは2軒とも満員だった。仕方なく交差点でカルディナル・ルモワーヌ通りを進んだ。
「洋子さんどうしているかな」
「え?」
「この辺りに大学の学生食堂があっただろう。覚えていない?」
少し唐突であったが、ノッコは意味が飲込めた。
当時、洋子さんとノッコは学校で知り合いになった。彼女は既に2年以上パリに滞在し、オペール(お手伝いさん)として住込みで働いていた。小柄で、痩せて、小さな胸をした可愛らしい女性だった。肌は小麦色で、髪は黒く、典型的な東洋女性のイメージだった。但し、パリで一人暮らしをしているくらいだから、人一倍気は強かった。
ある日、学食で昼食をとっているときに、チャオを見て、ポツンとこんなことを言った。
「フランス人は子供に物凄く辛くあたるのよ。私が働いている家庭でも子供が可哀想で、見てられないのよ」
洋子さんがため息を漏らす。