息子の宝箱 - 035 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 風邪薬にはもう一つ思い出がある。
 ノッコは頭痛持ちだから時々頭痛に悩まされる。始まるとひどくなるから大変だ。やはり街に出たある日のこと、頭痛が始まり、薬屋さんでクスリを買った。炭酸入りの薬で、水に溶かすタイプだったのでカフェに立ち寄ってコーヒーをとり、店を出るときにこの風邪薬を飲んだら、喉の調子がおかしくなったとゴホンゴホンやっている。


遠い夏に想いを-ヴァンドーム  ヴァンドーム広場まで歩いてきて、チャオが言った。
「僕、キャンディ持っているよ」
そう言って、幼稚園のバッグを探し始めた。なかなか見つからない。なにせチャオのバッグときたら、チャオの全財産がパンパンに入っているのだ。ピーナツ・ギャング(チャーリー・ブラウン)のカートゥーン集が2冊、ねずみのぬいぐるみの『みみちゃん』、鉛筆にクレヨン、筆記帳、ガリマール版の世界ポケット地図集、飴玉、どうゆう訳か小石が3個、その他訳の分らないもので満杯だ。宝箱のように大切に毎日持ち歩いた。3,4分かかってやっとセロファンに包まれた小さな 飴玉がでてきた。探してる内に何度も前かがみにつんのめりそうになり、そのたびに身体を支えてやって、大笑いになった記憶がある。


 ヴァンドーム広場。我々のような貧乏な庶民には関係ない高級ホテルのリッツや、覗くだけでもはばかるような高級店や宝石店がヴァンドーム広場を囲んでいる。ヘミングウェイが出入りしたからといって、リッツを覗くわけにもいかない。


 広場の中央に聳える銅製の塔はナポレオン戦争でオーストリアとロシアを打ち破った時の戦利品の大砲を鋳潰して造ったらしい。なぜか、てっぺんに立っているのはジュリアス・シーザーなのだが、ロンドンのトラファルガー広場のナポレオンに勝利したネルソンをのせた塔より堂々としている。なかなか眺めは素晴らしいのだが、ヴァンドーム広場を訪れたのはこの時が最初で最後であった。


遠い夏に想いを-ドゥーマゴー  「セント・ジャーマン・デス・プレス」チャオの最初の発音であった。全て英語読みになった。ある日、地下鉄の1号線に乗っていたら、ウエスト・バージニアあたりから観光に来たとおぼしき大家族の小さな末の男の子が、地下鉄の駅名をゆっくり読みながら「セント・・・ジャーマン・・・デス・・・プレス」と大きな声で発音したので、ノッコと顔を見合わせて「やっぱり」と大笑いになった。ヘミングウエイもフィツジェラルエドも「セント・ジャーマン・デス・プレス」とやっていたのだろうか。2人とも中西部の出身だ。


 サン・ジェルマン・デ・プレの角のドゥー・マゴー。その並びのフローラ。戦後のパリを彩る50年代の遺跡的存在だ。サルトルやブーボワールがたてこもり、黒衣の歌姫グレコが出没した。あの華やかな実存主義はどこえ消えたのだろうか。


 私達がヨーロッパにいたのは、70年代の初めだったから、アメリカではホット・パンツと裸足が大流行、ロンドンではビートルズが解散してミニ・スカートとシースルーが全盛を極め、パリでは『五月革命』が嵐のように去ってオート・クチュールとフレンチ・ポップスが表舞台に現れた。