昼でも薄暗い廊下に共同トイレがあり、シャワーは有料のものが2階にあった。トイレは中から鍵を下ろすと裸電球が灯き、鍵を上げると消える。
夜の階段は真暗で、各階に付いているミニュッテリーというボタンを押す。1分たつと自動的に消えるので、1階から6階まで登るのに2、3回は押すことになる。
「ほら、もう消えるぞ」
私が叫ぶ。
「よし、急ぐね」
チャオが答えて踊り場まで駆け上がる。
押し役はいつもチャオだ。
アメリカやイギリスの庶民も結構節約家であるが、フランスの一般市民のケチケチ振りは見上げたもので、正直尊敬に値する。もし、節約指数などというものが有ったら、フランスの世界一は間違いない。国や金持ちが贅沢しようが、他人がどうあろうが、庶民は徹底的にケチる。
安ホテルも例外ではない。トイレット・ペーパーはスーパーの袋のような色をした紙で揉まないと堅くて使えない。これらもホテルの規則に従ったまでのことだ。
電気の節約はトイレや階段だけでない。夕方にホテルの6階の窓からサン・シュルピス通りの狭い路地を見下ろすと、向い側に見える建物の5階の窓辺にいつも寄添って老女が本を読んでいる。部屋には明りが灯いておらず、夕暮れの薄明りに活字をくい入るように拾っている。若くて美しい女性ならロマンチックだが、老女となると・・・。
ホテル・コンデの家族は3人。ここでホテルを始めた老主人。気のいい人だが無口で余り表に出てこない、痩せて目立たない存在だった。ポールの母が実質的に切り盛りしていた。丸々と肥った下町の根性かーちゃんで、気が強く威勢がいい。余り笑顔も見せないが、それでも、時には優しさを見せる。小さな番台のような受付で、暇な時にはチャオに仏語を教えてくれた。アン、ドゥー、トロワの域からはなかなか進まないが。
当時は女性の留学生は無星のホテルに滞在している人も多かった。無星のホテルでも炊事が出来るところがあり、その上、アパートを借りるより面倒な手続きも要らないし、最低の生活が出来るから結構便利だった。