メディシスの脇の並木道を歩き、メディシス通りに出る。両側の高い並木の奥にパンテオンのドームが浮上る。遠近法の見本みたいで、いたってヨーロッパ的な風景である。
サン・ミシェル大通りとメディシス通りの交差点を渡たる。角にレストランがあるが、パリらしからぬヤボッタさは昔のままで変わっていない。昔、本屋を見て廻った折にコーヒーや昼食に2度ばかり寄った記憶がある。最後は、帰国前に本屋で『プチ・ロベール』(大判のフランス語辞書)を買って「重い重い」と愚痴をこぼしながら、ひと休みした記憶がある。
更にロスタン広場をサン・ミシェル通りで横切りスフロ通りを進む。サント・ジュヌヴィエーヴの丘というなだらかな坂道をパンテオンに向かってのぼって行く。ロンドンのセントポール大聖堂に似た造りになっている。ここにはフランスに貢献した有名人達が安置されている。
夏休みだが、学校街の小さな本屋はみな開いている。数店覗いてみた。主にパリ大学のソルボンヌ校の関係教材・書籍が中心なので、扱い書籍数は割と少ない。リュクサンブール庭園と東の植物園の間には大学、高等専門学校、リセ等がひしめきあっている。従って、パリの左岸、特にこの辺りからサン・ミシェル、オデオン、サン・ジェルマン・デプレにかけては本屋、出版社が多い。ノッコは今度も辞書が欲しいと言う。結局、この界隈の散策は本屋を覗き歩く羽目になる。だが、一般の本屋はサンジェルマン通りに行った方がよさそうだ。
東京の神田と同じで、古い本屋は姿を消して行く。ペンキの剥げた重い扉を押して中へ入るとチャリンと鈴が鳴って、突然、高い天井の薄暗がりの奥からヒンヤリと黴臭い匂いが鼻をつき、暗さに暫く目を凝らしていないと店の中の様子がつかめないような、戦前から60年代にかけての雰囲気を持った書店は70年代初めにもまだ結構残っていたが、今では、もうこんな店はどこにもない。
パンテオンには18年前に入っているので、今回は割愛することにした。左手の道を進んで法学部の前を抜け、キュジャ通りを回って、ソルボンヌへ行く。途中で郵便局を見つけた。
「ロンドンで書いた絵葉書まだ出していないよね」
「あっ、そーだ、まだだったわね。結局、いつもこうなるのよ」