ホテル・コンデに宿泊していた当時、時間があると(お金は無かったが、時間はいくらでもあった!)、時には3人で、時には2人で、狭いコンデ通りをゆっくり上がって、ヴォージラール通りの門から庭園に入った。そして、このメディシスの泉で必ず足を止めた。泉の周りに腰を下ろし一時を過ごす。それは日課に近かった。
静かに過ごしたい時は庭園の右奥にある『自由の女神』の原像がある辺りを選んだ。『自由の女神』は他にセーヌ川のグルネル橋の下にもあるが、不思議とこの庭園で一番静かだった。
あの時は日本を離れ、アメリカを回ってヨーロッパへ来て、すでに2年近く経っていた。狭いホテルの屋根裏部屋に終日いるわけにいかない。時間は有り余る程あったが、お金とやる事がなかった。無料で入れるところは有り難かった。ルーブルにも何度か訪れたが、木曜日など無料開放日を選んで行った。リュクサンブールは椅子料金取立人から逃れられれば、後は無料だし、何より、ホテルとは目と鼻の先なので時間潰しには格好の場所だった。チャオといえば、自分でやることを発見してゆく子供だったが、パリにいるあいだよく我慢してくれたと思う。
今日はここに座って何時間も思い出に耽る訳にはいかない。今は、お金は少しばかり有るが、時間が無いのだから。ここから真直ぐコンデ通りには行かず、ソルボンヌへ出て、サン・ミシェルを回り、オデオンに戻ってくることにした。
まず、トイレを捜した。庭園のなかにカフェが有る。裏手に回って、地下に降りるとトイレがある。古くさいが、明るくてまあまあ清潔な方である。入口を入ると左手に白いテーブルがあって、その上に皿が1枚置いてある。白い掃除着をきた太った女性がにっと睨む。
「いくら?」
「2フラン」
表情も変えずに答える。値上げでもなければ、同じ質問に対して同じ答をするのが日課だ。昔と少しも変わっていない。けれども彼女たちはこれで食べているのだ。どこの国でも、こうゆう単調な仕事は貧しい人達に押し付けられる。2フランを皿に置いて中へ入った。奥様もついでだからというが、小銭がない。丁度、料金番の彼女が姿を消したので入れなくなった。悪いけど、仕方がないので『1人分サービスだ』と勝手に決込んで使わせて頂いた。
アメリカ人らしい家族が6人ほど、トイレの入口でワイワイやっている。全員入ったら12フランだ。アメリカ人は意外と節約家だ。結局、3人だけ入ってきた。我慢の出来ない者だけなのだろうか。