モンパルナス駅を出た。切符の心配が無くなったら、急に空腹が襲ってきた。まだ、朝食を取っていなかった。イギリス式のあの優雅なブレイク・ファストは夢のまた夢である。ここはコンチネンタルの本場だ。腹が空いても、郷に入れば郷に従えである。
モンパルナス通りをヴァヴァンの方まで行けば、クーポールとか、ロトンドとか、セレクトとか、今世紀初頭に芸術家・文人の活動場所として、パリが世界のリーダーシップをとっていた頃の懐かしいカフェの多くが今も残っている。これらの店で朝食をとりながら、ヘミングウェイやフィッジェラルドのようなロスト・ジェネレーションに思いをはせ、貧しいモジリアニがうろつく姿を想像し、コクトーやアポリネールの詩の一節を思いだし(これは今では記憶喪失で無理か)、ストラビンスキーの華やかな響きに心の耳を傾けるのもパリへ来た楽しみの一つの筈だが、今の私達にはそんなのんびりしている時間はない。
駅前にカフェが2,3軒ある。広場の角の店は大きいが、ギャルソンが開店前の掃除に余念がないので、メーヌ通りに面した隣のカフェに入り、店先のテーブルに腰を下ろした。客は殆どいなく、作業員風のがっちりした体格の男が通りに視線をじっと向けたまま『朝飯を食って』いる。小柄だが骨ばったオーベルニュ風の中年のギャルソンがきびきびとした受け答えで注文を取りにくる。洒落気一つない女や男が時々気忙しそうに店の前を通り過ぎてゆく。駅もモダンになり、更に、駅前にトゥール・モンパルナスなどという57階建てのビルがおっ建ても、モンパルナスはモンパルナスだ。昔のゴチャゴチャした雰囲気は失われたが、下町の人達の気質はそう簡単には変わらない。
クロワッサンもカフェ・オレもよそより心持ち大きめで美味しい。「コンチネンタルは愛しのロンドンより、やはりパリの方が美味しい」などと当り前で馬鹿げたことを言いながら食べる。パリもロンドンと同じく早朝はかなり温度が下がる。半袖では肌寒いこともある。空腹では特にこたえる。コーヒーで体が温まった。センティメンタル・ジャーニーの準備完了である。何よりも心に残っている場所を訪れることが最優先である。たった2日や3日ではそれを全部訪れられないとは分っていてもだ。
ミネソタの遠い日々
1970年の夫婦子供連れでのミネソタ大学、留学記録にもどうぞ