カルチャーショックは文学とも、美術とも、音楽とも関係がない。生活様式と思考形態と行動様式の違いに過ぎない。それは歴史と文化に根ざしているのだろう。自然に醸成され、長い歴史のうちに形作られたものだ。フランス人はこれを頑固に変えない。それはフランス人の誇りでありアイデンティティーだから、変えたらフランスでなくなってしまうという無意識の恐怖感があるからだろう。
パリでは日本人の私だけでなく、友人のアメリカ人も、イギリス人も、ドイツ人もみな同じようなショックを受ける。郷にいれば郷に従えを実行しようとするのだが、余りに郷が変わっているのでなかなか従えない。
しかし、自分たちのことを考えれば、それは自己中心的な考えだと分る。日本を訪れた欧米人は日本文化や生活習慣に戸惑うだろう。如何にそれらが彼らのものと異なっていることか。まるでエイリアンの世界に来たかのように思うだろう。人間の行動には、それぞれの国によって異なる基準がある。それが余りかけ離れていればいるほど違和感や反感につながる。ただ、日本人は素直で謙虚で自己を主張しないので接し易い。だが一面、何がなんだか分らない不気味さがあるかも知れない。
一週間程度の滞在ならそんなことも気づかずに過ごせる。3ヶ月や4ヶ月では落ち込む人が多い。1年も居ると何とかやっていけるらしい。それでも駄目な人は駄目のままで、もっと落ち込むらしい。この辺の事情については当時パリに長く滞在して、オペールをしていた洋子さんが教えてくれた。
私たちもアメリカに初めて行ったとき、ノッコがしきりと日本を恋しがった、帰りたい、帰りたいの気持ちが伝わってきた。しかし、1年も過ぎると現地での生活にもカルチャーにも馴れ、2年後の帰国時にはもう帰りたくないと言いだすほどになった。ただ、外国に帰化するか、外国人として住むかで大きな違いがある。外国人として住んでいると、日本特有の煩わしい人間関係ぬきで生活できて気楽だが、移民として生活するのは大変だ。歯車の合わない生活を我慢しなければならないだろう。
今回も、何か情報が得られるかとここに来てみた。今でもこの旅行案内所では何も出来ないと言う。それだけではない。相も変わらず愛想が悪い。いかにもフランス的というか、パリ的というか、昔と何も変わらない意固地さがおかしい。旅行案内所としてシャンゼリゼに店を構えるからには、利用客の大半が外国人の筈だ。汽車の時刻を知りたければ、店先のラックに置いてあるバラバラの時刻表を見ろ、予約の状況はCRTの画面を自分で操作して調べろ、更に細かい情報はそこに有る電話で駅に直接きいてくれ・・・。それなら、係員など要らない。守衛が一人いれば事足りる。ノッコの仏語での懸命のやりとりも空しく、「ここは、パリさ」の捨て台詞を私は吐き捨てて外へ出た。切符は明日の朝モンパルナス駅へ行って手に入れることにする。
ミネソタの遠い日々
1970年の夫婦子供連れでのミネソタ大学、留学記録にもどうぞ