朝は早く目が覚める。早起きが日課になってしまった。今日はロンドンからパリへ移動する日だ。ヒースロー空港を午前11時15分発の飛行機だから、8時頃にはホテルを出なければならない。荷作りを済ませて、7時には1階のバーナーズ・レストランへ降りた。昨日と違って、大変に静かである。イタリアのトスカナ軍団の姿はなかった。ノッコも私も昨日同様コンチネンタルで朝食を済ませた。セルフ・サービスみたいなものだから、この方が時間のコントロールがし易い。
日頃はパン1枚かクネッケを2枚ばかり、ハムかチーズに生野菜を少々、それにミルク入り紅茶というのが朝食の標準メニューだから、コンチネンタルの方が体のリズムに合う。夜はノッコと素敵なレストランへ出掛けるのもいいが、気のきいたホテルで、朝の自然な光が満ちているレストランに座ってゆっくりと2人で朝食を楽しむのも意外とくつろげるものだ。
トランクをコロコロ押しながら廊下を進んだ。ここのホテルの廊下は淡いピンクと白の配色が美しく、エレベーター・ホールとの間は格子ガラスのドアで区切られている。
イギリスはイメージ的には男性的な国なのに、室内装飾は大変女性的な優雅さが目立つ不思議なところだ。1階のフロントで支払いを済ませ、外へ出る。たまたま客を降ろしたばかりのタクシーがいた。
「ピカデリー・サーカスの駅まで頼むよ」
「ああ、いですよ」
小柄な年配の運転手が微笑んだ。長めの白髪をゆさゆささせて、太めの体に反動をつけトランクを運転補助席に押込んだ。