Belvoir Castle。フランス語式に読むと、ベルヴワルと読みそうだが、イギリス人はビーヴァーと発音する。城はビーヴァー谷を眺望する要衝の地に立っている。この城の歴史は11世紀のノルマン王朝の時代まで遡る。結構古いのだ。フランス王が侵略して住み着いたノルマン人(ヴァイキング)にノルマン地方を与えた。ノルマンディの支配者だったウイリアム(フランス語でギヨーム)がイギリスの王位継承問題でイギリスに攻め込み、1066年にここを征服し、大勢の部下をノルマンディから連れてきた。その時、ウイリアム征服王の旗手、ロベール・デゥ・トデーニもここに城を建てた。
その後15世紀のバラ戦争で所有権争いが起り城は荒廃する。16世紀に現城主の先祖にあたる第2代伯爵によって再興されるが、17世紀の内戦で再び城は破壊されてしまう。しかし、その後直ぐに再建計画が練られた。有名な建築家イニゴ・ジョーンズの弟子のジョン・ウエッブによって計画が進められたが、1816年に発生した火災で城は焼け落ちてしまった。この時の損害は城だけに止まらず、ティツィアーノやファン・ダイク等の30点に余る名画が灰と化したという。波乱万丈と言おうか、イギリスにおける抗争史の縮図のような運命をたどってきた城なのである。
現在の城は19世紀の中頃にノルマン様式を模して建てられたものである。従って、ノルマン風の古い趣が凝らされているが、完成されてから、まだ150年程しか経っていない。
城の横手のメーン・ゲートから城内に入る。外観のイメージと異なって、ホール内部はまるでカテドラル風というか修道院風というか、柱や天井はゴシック様式で作られている。現在イギリスでも名のある建築の多くは1800年代に建てられたものが結構多く、デザイン的にも様々な様式が取入れられている。ビーヴァー城も外観はノルマン様式を模し、内部はゴシック風、ルイ王朝風、リージェンシー式、古典様式、ジョージアン風、ビクトリア様式等、更に、当時流行した中国風室内装飾まで見られる。
ミネソタの遠い日々
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