スティルトン・チーズ - 058 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 さて、ワーゲンはケンブリッジを過ぎて、ハンティンドンで自動車道A1に入り北上した。70キロほど北へ走ると、グランサムに出る。ここから、ビーヴァー城は近い。しかし、ロンドンから150キロは走らなければならないのだから、いかにも遠い。歴史的に余り価値のない城を一か所見るために、片道2時間半も走ってくるのは、私の価値基準では考えられない。


 ハンティンドンを過ぎて、15分ほどA1を北へ走ると、自動車道沿にスティルトンという村がある。チャールズはここでA1を降り、村の通りに沿ってゆっくり車を走らせた。
「スティルトン・チーズって知ってるかい」
チャールスが訊いた。
「ああ、知ってる。イギリスのチーズで知ってるのは、チェダーかスティルトンくらいかな」
「そのスティルトンの村がこの先にあるんだ」


 村の通りに沿って『ベル・イン』という大きな看板を出している宿屋がある。日曜日の午前中とあって、人遠い夏に想いを-サインボード 影も殆どなく、通りの店はみな閉まっていている。『ベル・イン』もまだ開いていので食事が出来ない。


 このスティルトンというところは、スティルトン・チーズで有名なところだ。『ベル・イン』がその発祥の場所だという。製法は秘密でスティルトン生産者協会員しか知らないらしい。私は、チーズは好きな方だが、いわゆる『通』ではないので、詳しいことは知らない。日本では青黴チーズの世界三大銘柄というのがあって、フランスのロックフォール、イタリアのゴルゴンゾラ、イギリスのスティルトンを指すのだそうだ。日本でもこれ等三大銘柄は有名デパートで手に入るが、かなりの値段を覚悟しなければならない。西ドイツやオランダ、北欧産のものなら、かなり安い値段で遠い夏に想いを-stilton 売っているが、味と本人の見栄は保証の限りではない。青黴チーズは見た目も匂いも嫌いという人は多いが、下戸の私でも、赤ワインと一緒に食べると味が一段と素晴らしい。


 ロックフォールは山羊の乳から作り、ブルー・チーズ特有のツーンとくる匂いと味が一番強烈である。ゴルゴンゾラが一番味が軟らかく、スティルトンはその中間位だろうか。黴を使ったチーズには色々の種類がある。私の好みから言えば、フルムダンベールやサンテギュなどもいい。それに、白黴を使ったカマンベールやブリーなどお馴染みのものもある。しかし、新鮮さを大切にするチーズなどは地元では安いが、一歩外国へ出ると信じられないほど高価になる。イタリアの本場のモッツァレラ・チーズなど、日本では買うのが馬鹿らしくなるほど高価である。固めの豆腐を食べたほうが気が利いている。16世紀に長崎にいたポルトガルの宣教師たちは当時の硬い豆腐(沖縄の島豆腐とか白山麗の堅とうふみたいな)をチーズのように美味しいと本国への手紙のなかで述べていたらしい。

 ミネソタの遠い日々
1970年の夫婦子供連れでのミネソタ大学、留学記録にもどうぞ