「英国料理」ってある? - 048 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 インド人の英語は発音になまりが強く、聞き取りづらいのは分かる。しかし、ナショナル・フラッグ・キャリアーとして世界に羽ばたきたいなら、これでは情けない。日本の会社は英語や外国語をスキルと認めないから、そこそこの程度さえあれば、後はトレーニングで何とかなると考える。大変に甘い。スチュワーデスもニコニコだけで処理能力(これもスキルである)ゼロで役に立たない。その時、この会社はそのうち駄目になるだろうとの予感が私を襲い確信となった。とは言え、この帰路の途中に立ち寄ったアテネで、この航空会社の仮社屋に駐在する女性の事務員にすごくお世話になったことを付け加えておこう。てきぱきと的確な情報を教えてくれた女性の名前は覚えていないが、もう一度会えたら、あの時のお礼を言いたいくらだ。本人は覚えていないと思うけれど。

 さて、話は戻るが、料理のほうは残念ながら美味しくなかった。出てくる料理は全てがだらりと締りのない味で、風味に欠け、ベトベトしているだけで、魚は材料の生き々きさが舌に伝わってこない。チャールスの言った通りイギリスのレストランは駄目なのか。やはり、一流どころへ行かないことには話にならないのかも知れないと思った。とは言っても、イギリス料理はローストビーフだけで、あとはフランス料理かエスニック理店ばかりだ。


 英国料理とは家庭料理のことなりと何かで読んだ。1972年にイギリスに来た時は、バック・ハースト・ヒルのチャールズの家に泊まり、食事はチャールスのお父さんの手料理をご馳走になった。イギリス人にしては小柄なおじさんだが、鉄道のコックをしていたそうで、家庭料理の域を越えた味はその為だったのかも知れない。当時の我々は相当の貧乏旅行で毎日ろくな食事をしていなかったから、奮発して作ってくれたローストビーフとソースの絶妙な味は忘れられない。チャオは一言も発せず、ただ夢中になって食べた。食べ終わった時の満足げな笑顔は皆を笑わせた。食事中フォークとナイフをしっかり握ったまま離さない、痩せて厳しい顔つきのお父さんの満足げな顔が今でも鮮明に記憶に残っている。

遠い夏に想いを-letter
 さて、食事を終えて部屋へ戻ると、補助ベッドが取払われていて、一段と広い感じになっていた。10時を過ぎていたが、今夜は寝る前にノッコがケンブリッジで買った絵葉書でミネソタの友達に手紙を書いている。誠に元気のいいことだが、いつ投函できるやら。外国では手紙を何日も出しそびれて持ち歩くことがしばしばだ。

 ミネソタの遠い日々
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