タワーブリッジのてっぺんにはタワーの間をガラス張りの歩行者用のスカイ・ウェイが渡してある。橋が開いていて人も車も渡れない時に、人だけでも通れるようにと作られた。心憎い配慮だ。歩道橋の元祖というべきか、市民への大変な気の配りようである。
しかし、1909年から1982年までの73年間は通行止めなった。だから、72年に訪れたときは当然上れなかったのだ。通行止めにした理由が面白い。娼婦とチンピラの溜り場となってしまったのだ。ここからの眺望は素晴らしかったに違いないが、私のような高所恐怖症のお姉さまには不向きなストリートだったはずだ。以前に来たときは通行禁止になっていたのだから、一度のぼって上からロンドンを見渡すのも一興かと思ったが、やはり時間が遅いので止めにした。
チャリング・クロス駅まで地下鉄で行った。再び地上に出た時には、陽はかなり傾き、暑さも和らいでいたが、疲労と渇きで結構こたえていた。駅を出て通りを渡った角にコーヒー・ハウスがあり、ちょっと休憩することにした。72年にこの店に入った記憶があった。地下と1階が喫茶室になっていて、狭い店内は若い人や旅行者で騒々しい。これでは落ち着いて休憩もできない。時間というか太陽にとうか、常に追掛けられている身なので、どこへ入ってものんびり出来ないのが悲しい。
店を出て、ストランド通りを歩いて1ブロック行くと、目の前にトラファルガー広場のネルソン記念柱が夕暮れの空に聳えている。相も変わらず人が多い。
世の中には不思議な広場がある。ニューヨークのワシントン広場、ローマのスペイン広場、そしてロンドンのトラファルガー広場だ。人が集まるから人が集まる。ただこれだけ
の循環を繰返しているだけなのに。
ミネソタの遠い日々
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