夏目漱石も『倫敦塔』の冒頭に記している。「二年の留学中只一度倫敦塔を見物した事がる。その後再び行こうと思った日もあるが止めにした。・・・・・『塔』の見物は一度に限ると思う」。だから2度来るのは愚の骨頂なのだが、この際やもう得ない。
第一次、第二次世界大戦の時でさえ敵のスパイがここで処刑されたという。ナチス・ドイツのヘスもここに監禁されていた。17世紀の初めのジェームス1世がこの城の最後の住人であった。以来400年間この城に主はいない。墓場と同じである。昔は造幣局とか公文書館などが入っていたらしいが、今でも誰かの居城なら、このような歴史を秘めた城でも余り気にも留めない。イギリスの運命を変えてきた数々の歴史があるから、出来るだけ生々しく証拠を残し語り継ぐのはヨーロッパらしくていい。しかし、日本人にはとても真似できない。同じような運命にさらされた有名なところが他にもたくさんある。そのひとつにドーヴァー海峡をはさんで対岸のフランスにあるモンサンミシェルだ。教会であったり、要塞になったり、牢獄になったり、訪れる人もいない忘れられた場所だった。19世紀になってその素晴らしさが見直され、やっと本来の大寺院としてよみがえった。
『Tower of London』のタワーとはどのタワーなのか。というのは、タワーがひとつではないのだ。実際ここにはタワーと名の付くのものが大小あわせて20以上ある。一番古いのが中央に一段と高くそびえるホワイト・タワーでウイリアム征服王の時代までさかのぼる。当時はロンドン(現在のシティ)を見張る塔だったから、タワーとはホワイト・タワーのことに違いないのだが、歴史を知らないと、一瞬つまらない愚問を抱く。もうひとつ不思議なのがテムズ河の川辺りにありながら、1843年以来外堀から水が抜かれたままである。この城が風情に欠けるのはカラカラに干上がった堀のせいでもある。
ミネソタの遠い日々
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