更に、奥のオリエント、東洋の展示コーナーを経て、2階の古代エジプト展示室へ階段を登った。さして歩かないのにものすごく疲れた。階段の踊場にベンチがある。偶然空いたので2人で腰掛けた。そのまま動くのが嫌になる。朝からこの調子では先が思いやられる。とにかく広い。博物館の開館は1759年で、ほぼ100年後の1852年に現在の建物が完成したという。44本のイオニア式の円柱を持つ古代ギリシャの神殿を思わせるこの威風堂々とした建物の内部は迷路のようで、非公開部分も含めて、全部を見て回るとゴルフ場で18ホール回るのと同じくらい歩くことになるという。途中で迷子にでもなれば、ヘボゴルファーがボールを捜して林や谷底を歩くのと同じくらいシンドイことになる。
5分ほど休憩して残りの階段を登った。突然、エジプトの太陽に照らされたように明るい室内に入った。彩色絢爛たる柩の列また列であった。天井の擦りガラス越しの強い太陽光線は室内の温度をぐんぐん押し上げていく。ガラスケースの間を互いに肩を触れながら進むほどの混雑振りとスペイン語の大歓声で、頭は朦朧とし息苦しくなってきた。20世紀初頭、英国のカーナヴォン卿の援助のもとにハワード・カーターがツタンカーメン王の墓を発見してから英国はエジプト考古学に力を入れてきた。だから大英博物館ではエジプト展示室が大盛況なのだ。
急いで隣接する古代ギリシャ室へ逃げ出した。壺絵を中心とした展示室には突然見学者が見あたらない。エジプトもギリシャもシリアももういい。真直ぐ抜けて左の階段を1階正面へ降りた。1階入り口に展示してあるロゼッタストーンももういい。物凄い混みようで、人混みをかき分けて逃げ出したいの一念で急いで外へ出た。夏の太陽が一段と輝きを強め、じりじりと照りつけて眩暈がする。1階の半分と2階の半分を回ったことになる。何か中途半端な気持ちは残ったが、もう一度訪れることを誓ってグレーター・ラッセル通りへ門を出た。
お昼になっていた。今朝はローバック・ホテルで早めに朝食をとったのでお腹が空いていた。どこか近くで昼食をとることにして、大英博物館付近の裏通りを歩きながら何軒かの店を覗いた。どうゆう訳か、チャールスのようにパブに入って昼食をという考えが出てこなかった。どうしてもパブはビールを飲む所との先入観がある。
ミネソタの遠い日々
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