突然の愛国主義 - 031 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 同じ船に20人ほどの日本人の団体旅行客が乗っていて、日本人の添乗員が振る小旗と掛声に、羊の群れのように大人しく、整然と従って行動していた。こうゆう光景は私達にとっても初めてで驚いたが、もっと驚いたのは同乗の欧米人達で、船内いたる所でこの噂が囁かれていた。1972年当時、日本からの海外流行は団体で出かけるのが当たり前で、こうゆう光景も致し方ないと思われた。フランスへの入国手続で甲板に並んだ私の前の若いイタリア人夫婦がこのことでひそひそと話しをしていた。ついに頭にきて、無礼とは思いつつイタリア語でやり返した記憶がある。
「やあ、こんにちは。何か日本人団体客の変わった行動に、皆さんの噂でもちきりのようですね。彼らは他の乗客に迷惑をかけているわけでも無いし、欧米の文化にも馴れていないし、外国語が喋れないのだから、いい加減にやめてほしいですね」
確かに、欧米の団体客は引率者がいても基本的に自由行動だから、団体客各々が各自の責任で行動している。一人の誤った行動が残りの人達を拘束することもしない。それがルールだ。だから、この日本人団体客の行動に驚いたのだろう。彼らにとっては、まさにカルチャーショックだったのだ。
この非紳士的な振舞いに、今は後悔しているが、海外では突然愛国主義を振りかざして、変身してしまうことがあるから要注意だ。

遠い夏に想いを-博物館  さて、博物館に入った。1階のマニュスクリプトの展示コーナーから見て回る。一番時間のかかる場所だ。読むか見るか。読んだら1日あっても足りない。見るだけなら5分ですむ。
 水色の裾の長いワンピースを着た、背の高いブロンドの女の娘が展示品ひとつひとつ読みながらメモをとっている。背筋をスーと伸ばしたままガラスの中の展示品を覗き込む。なんとも優雅な姿と風情に見とれてしまう。
 そこへ、突然、日本人の団体客が押寄せてきた。ガイドが声をはり上げて簡単な説明を与えながら進む。中年と老年と数人の若い観光客の一団が歩きながら展示ケースを覗きこみ、「アレハこれ、コレガあれ」と賑やかに声をかけ合っている。声が聞こえなくなったと思った瞬間、もう彼等の姿はそこに無かった。日本人に限ったことではない。これはどこの国の団体客にも共通する行動様式だ。
 この見るだけ方式を真似させて頂くことにした。シューマンやブラームス等音楽家の自筆楽譜、バイロンなどの作家の自筆原稿、その他諸々のマニュスクリプトが並ぶ。所蔵品のほんの一部が展示されているだけに違いない。これを丹念に読んでいたら、たとえ日本語でも、1日あっても足りない。

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