トマス・クックの両替店 - 028 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 まだ10時半なのだが、部屋の用意はできていると言う。
「お子さま連れかと思ってエキストラ・ベッドを入れてあります。不必要なら今すぐ片付けさせますので、ここで暫くお待ち下さい」
「そのままで構わないよ」
何はともあれ、一番貴重なのが時間だから、待ってなどいられない。
遠い夏に想いを-ラマダ・イン  519号室。バーナーズ通りとイーストキャスル通りの角にある部屋である。天井が高く広々とした四角い部屋で、右隅にピンクのカバーがかかった折たたみ式ベッドが置かれている。ガランとして飾付気のない広い部屋なので邪魔にならないが、気分的に煩わしい。荷物を片付けて、急いで外出することにした。
 今日は土曜日なので銀行は閉まっている筈だ。弱った事になった。駄目は承知で、フロントに聞いてみた。バーナーズ通りとオックスフォード通りの角の銀行が午前中は両替だけしてくれるかも知れないと言う。慌ててホテルを飛出した。残念ながら銀行のドアは堅く閉じていた。土曜日に開いている銀行などあるはずが無いのに。
 ところが、奥様はタクシーに乗った時に両替屋を見たと言う。観察力と記憶力では日頃から奥様には一歩譲っているから一応信用することにして、オックスフォード・サーカス駅へ向かって歩いた。
「ほら、あそこ」
 指差す方角を見ると、確かに右側に両替店の看板が見えた。ガトウィック空港の両替店と同じトマス・クックの店であった。日頃は仕事上ドルばかりに関心があるため、ポンドやフランやマルクには殆ど気を留めていなかったので、ポンドがこんなに高いとは夢にも思わなかった。
 ロンドン市内は今日の午後しか予定に入れていないので、最も効率的に回る必要があった。しかし、はっきりした計画がある訳ではない。1972年のロンドン市内見物はチャールスのお母さんにつれ回された観があったので、見てないところも結構あった。チャオがいたせいもあるが、博物館や美術館には全く入らなかった。どのように思い出の旅と新しい旅を組合わせるか、これが難題であった。時間のない我々には、当時の10分の1も廻れないだろう。

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