町を散歩 - 006 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 坂道の頂上にほぼ近い150番地あたりに出た。早朝で店は閉まっている。歩道では年配の婦人が2人ひそひそと立話をしている。開店の準備をしている黒い作業服の男が店を出たり入ったり。この辺りは薄汚れてはいるが洒落た小さな店が並ぶ。イギリスの小さな町ならどこにでもある町並みなのだが、特別に思うのは記憶と思い出のせいだろうか。道の向かい側に白塗りの花屋『Queens Road Florist』が開店の準備をしていた。白いシャツの少年が忙しそうに動き回っている。チャールズのお母さんにと小さなベコニアの鉢植を買い、70番地のチャールズの家まで坂道をくだっていった。
ヴィオさんの旅行ブログ-花屋
 飴色をした壁のチャールズの家は1972年と少しも変わってなかった。家の前が少し荒れている。住む人の様子がうかがえる感じがした。セミ・デタッチ式の住宅で100年以上は経っている。商店街が延びて来て、ここも住宅には向かなくなるだろう。
 まだ早いので鉢植えを玄関の門の脇に置き、そのままクィーンズ・ロードの坂を下りバックハースト・ヒルの駅まで歩くことにした。
 時がゆっくり流れるヨーロッパでも18年の歳月の間には変化が起こっていた。チャールズの家の近くにあった小さなお菓子屋さんはもう無かった。店のドアを押すと、「カラン」とドアベルの音が薄暗い店内に心地よく響き、亜麻色の髪の可愛らしい奥さんが店に出てきて、にこやかに微笑んで応対してくれたものだった。この菓子屋ではタバコも売っていたので、チャールズのお母さんに頼まれてよく店に通った。両切りのタバコを買うのではなく、紙とタバコと別々に買うのだ。そして小さな手巻用の道具で1本1本器用に巻き上げる。私も見よう見まねで巻いているうちに、「ヴィオは器用でうまい」とおだてられて、タバコ製造係りになってしまったものだ。今は通りにスーパーが新しく進出し、よそ者が入り込んで車の騒音が絶えなく、落着のない、ゴミの散らかった、薄汚れた町になりつつあった。


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