ローバック・ホテル - 003 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ほどなくバックハースト・ヒルの町に到着し、町の奥の高台にあるローバック・ホテル(現在はもう無くなっているらしい)に入った。レンガの壁を蔦が這っている4階建の古いホテルで、30室ほどの田舎的なインである。チャールズが予約しておいてくれた中2階奥のダブルの部屋に荷物を納めた後、ホテルのパブ
遠い夏に想いを-ローバックホテル へ行き、玄関前のテラスへ出て3人でビールを飲んだ。ホテルの向かいは広い森になっており、時折走り抜ける自動車の唸音以外は小鳥の囀り声が聞こえてくるくらいで、いたってのどかだ。夕暮れの柔らかい陽射しの中で空気が止まる。この感覚は何処かで覚えがあった。そうか、夏のミネソタの空気と同じだ。色と重さと肌触りがよく似ている。別世界のように静かにゆったりと時が流れる夕方だった。
 チャールズが帰った後フロントに頼んで中2階のダブルの部屋からツインの部屋に変えて貰う。ツインでないと眠れないのだ。ところ、が先ず部屋を見てから決めろと言う。荷物を持って4階まで行って、気に入らなけりゃ客が大変だからだろう。いきなり4階まで連れて行かれてしまった。屋根裏風だが悪くない。1972年に泊ったパリの左岸のベルソリーズ・ホテルを思い出させるこぢんまりと家庭的な部屋だった。
 OKを出して引越しを始める。これが大変で、中2階から一旦1階に出る。ロビーの前が4階まで吹抜けになっていて、その壁の周りに狭い階段が張巡らしてある。エレベーターは無い。重いトランクを引摺りながら登らなければならない。旅の疲労とビールの酔いで階段の途中で休み々み、こんなところで腰でもやられて動けなくなったら、何のためにヨーロッパに来たのか分らなくなるから、一段一段踏みしめながら2人がかりの大引越しとなってしまった。
 この日はひと寝入りしてからホテルのレストランで夕食のつもりだった。目を覚ましたら既に10時を過ぎていた。食欲もないし、レストランも終わっていた。部屋の隅に薬罐とティーバックが置いてある。小さなホテルには大ホテルに無い家庭的な雰囲気と心くばりがあって楽しい。あくの強いイングリッシュ・ティーを入れて喉を潤し、後はひたすらベッドにもぐって寝るだけとなった。