『阿片王 満州の夜と霧』 佐野眞一 講談社 を読んだ。一言、衝撃的だった。
主人公は、里見甫(さとみはじめ)
略歴は、ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB 参照。
戦中、中国で、アヘン密売を取仕切る里見機関(=宏済善堂)をつくり、その資金が、関東軍、満州の謀略工作になる。東京裁判でA級戦犯になり、巣鴨プリズンに収監されるも、アメリカの反共政策シフトと共に釈放、無罪となる。出獄後は、一切表舞台には出ず、昭和40年に没。同じく巣鴨から、開放された岸信介、児玉誉士夫、笹川良一が、首相、フィクサー、右翼の黒幕と、戦後日本を牛耳ってきたのと比べると、あまりにも対照的な生き方。
里見も、里見を取り巻く人々も、そのまま歴史からフェイドアウトするところを、著者、佐野眞一さんの、渾身の取材活動で再び引っ張り出し、興亜院、日本陸軍、関東軍、満州国、満鉄、満映、特務機関、陸軍が作った商社、昭和通商、今の電通の前進である国通、伊達家の子孫を僭称するスパイもどき、中華国民政府要人、青幇 紅幇といった秘密結社、軍閥、陸軍急進派と、次から次に、膨大な人が登場し、つながり、日中戦争が、アヘン無くしては語れない戦争であったことを知った。
中学の日本史では、近現代史はほとんどしない。満州事変、盧溝橋事件にたどり着くまでに3学期が終わるところもあるはず。高校の日本史は、選択科目で取らない生徒も居るだろうから、日中戦争の経緯なんて、知らない人も多いはず。終戦記念日のTVの特集は太平洋戦争の末期ばかりで、ましてや、日本の統治で起きていたことや、細菌兵器731部隊といった日本に都合が悪いことは、すすんで採り上げない。日中戦争なんて知らない世代も、どんどん出ていることだろう。
私もアヘンが、こんなにも日本の中国侵略に利用されていたとは、正直知らなかった。『阿片王』以外にも、日中戦争を、アヘン戦争であったと解釈する書物は結構出ていて、米ソ冷戦で、うやむやにしてしまった日中戦争の実相が、この本であぶりだされる。
東京裁判で、「この戦争を裁くなら、すくなくともアヘン戦争まで遡らなくてはいけない」と、戦犯か、判事か、誰だったかが、言っていたと思う。長く鎖国中だった江戸時代の日本。お隣の国、中国が、アヘン戦争で、イギリスに負けて、国土の一部を割譲するなどてんやわんや。幕末の志士たちの奔走、倒幕、明治維新、日清、日露、第1次世界大戦、日華事変、太平洋戦争、そして終戦は、アジアを蚕食する欧米列強に対する当然の帰結であり、裁判をするなら、アヘン戦争からというのが、かなりの日本人が共感できる考えだと思う。
しかし、実は、同じように、日本人も、アヘンを、国家歳入、謀略、宣撫、機密工作費とフルに活用して中国と中国の人々に未曾有の惨禍をもたらしてきたことに愕然とする。さらに、アヘンは、中国の軍閥、国民党政府も同じように、便利に使ってきており、列強、日本、中国以前に、アヘンが持つ毒性を人類が、特に為政者が重宝してきた歴史をまざまざと見せ付ける。
このノウハウは、ベトナム戦争、ラオスの黄金の三角地帯、現代のアフガンや、イランと、世界中の麻薬密売組織、麻薬を資金源とする軍事政権や、犯罪シンジケートに受け継がれている。
このノウハウは、アヘン戦争時のイギリスが最初で、高度にシステム化したのは、戦前の内務大臣等をした後藤新平が、台湾総督府民政長官時代に。その後、満鉄初代総裁になり、同じノウハウを満州でも。当時、新聞記者や、通信社に居て、中国語が堪能、度胸があり、信義にあつい里見甫が、その販売の委託をされ、アヘンビジネスが完成する。
麻薬王という、おどろおどろしい名前ではあるが、里見甫は硬骨漢であったようで、児玉誉士夫、小佐野賢治とは人間が違う、と発言する人が多い。麻薬の販売を通して、巨額の資金を得たが、それを私物化することなかったが、自分が完璧に作り上げたアヘンビジネスが、いまだに、世界の紛争、貧困、犯罪に影響を与えていることを知ったならば、「あの世」にいても、居場所が無いかもしれない。
里見の出身は、日本人が上海に作った旧東亜同文書書院という学校。中国、日本協同して、東アジアの繁栄を実現していこうという学校で、きっと里見も中国を愛し、中国の行く末を案じていたことだろう。
この本は、里見と、満州、魔都・上海が持つ、妖しい磁場に吸い寄せられた、その周囲にいる軍人、浪人、女、中国人等様々な人の物語でもあり、後半は、妻、愛人、秘書と同じく、満州と里見に吸い寄せられ、流転の人生を歩んだ人の足取りを追う物語でもある。縁者が次々物故する時間との競争の中で、あの時代をあぶりだそうとする佐野さんの執念が鬼気迫る。
歴史に埋もれかけた、里見と、満州とアヘン。靖国や、反日運動、食品問題や、偽ミッキーマウスから日中関係を導こうとするマスコミとは違い、いま、現代日本人が必ず読まなければいけない本の筆頭であろう。
読んでていろんなことを考えさせられた、また別の視点で書きます。