中越沖地震で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で火災が発生した。
炉心そのものにダメージは無かったが、3号機の変圧器の火災、放射性物質を含む水が海に流出したこと。発電所設計時に、近くにある活断層の規模を見誤っていたこと。休日は、防火体制に不備が出るレベルまで人員を減らしていたこと。消防設備自体充分でなかったこと。事故後も東京電力の情報の出し惜しみと、次から次に、いろんな問題が出てきた。
チェルノブイリ原発事故が、起きた後、『反原発運動』というのが盛り上がった。(原子力の危険性はもとより、原子力発電所を揶揄した忌野清志郎の曲を某FM局が放送禁止にしたとか、マスコミ、TV、新聞の世論コントロールのほうがショックだった。)
日本は国策として、石油に頼らないエネルギー政策をする決心をしており、地方の過疎の町に、原発をどんどん作り、反対運動は全て押しつぶしてきた。エネルギー枯渇問題は、日本が太平洋戦争をするきっかけの一つであり、そのトラウマが戦後日本の原子力政策を形作ってきたと思う。電力と言ううまみのある利権にハゲタカが群がったと言う構造も一方にある。
原子力の科学技術は、『神の火』に、たとえられる。その核分裂が引き起こす、エネルギーは、平和的に利用すれば、莫大な電力に、兵器として利用すれば、何十万、何百万の人を瞬時に、この世から消し去ることが出来る。原爆や水爆。そして、平時、戦時に関わらず、放射能を浴びた人は、白血病、ガンなどの病気を誘発し、病苦にさいなまれることになる。
もうすぐ、8月6日、広島は原爆記念日を迎える。戦争終結の道具、ナチスドイツより、一刻も早く完成させなければと、原爆製造計画、『マンハッタン計画』を進めていた、オッペンハイマーをはじめとする物理学者は、神の座から盗み出した『原爆』の威力を目の当たりにし、呆然とする。広島の街から10万以上の人が消えた。
ギリシャ神話では、プロメテウスが、神の座より、火を盗む。火は、科学技術のたとえでもあり、この火を盗んで、人に伝えたプロメテウスは、その行いを神々から非難され、カウカソス山の頂に磔の刑に処され、ハゲタカに肝臓をついばまれると言う責め苦を受けている。
原子力と言う技術は、いい面、悪い面、両方ある。しかし、半世紀前に、広島と長崎で使って以降、平和利用に人類は力を注いできた。それなりに、技術も進歩し、国際協力体制も整ってきている。いずれ人類の科学技術が完全に原子力を制御凌駕できる日が来るのではないかと期待していたが、まだまだ人間の叡智ではコントロールできない、神の領域であることが分かった。
今回の柏崎刈羽原発も事故も、東京電力の設計段階のミス(高震度地震への不対応)、甘い防災体制と言う企業の問題ではなく、人間の原子力に関する技術、防災システムの限界だと思う。(東京電力の不祥事で済むほうがどれだけよかったか)
東京電力を管理監督・指導する立場の経済産業省の原子力安全保安院にも、今回の災害を予見する能力は無く、全国の原子力発電所で多数の不備が明るみになっている。また、昨日、新潟県と国はIAEAの査察を受け入れることを表明した。日本政府と関係ない国際機関に、現状を視察してもらう、チェックしてもらうということは、「日本は国として、原子力技術をコントロールできない」と白状しているようなもの。これでは、今後、原子力に関する問題が起きたとき、国民は国の説明を信じることが出来ない。この国に、専門家の居ない原子力行政を、国はこれからどう立て直していくのだろうか?
『神の火』を盗み、磔の刑のプロメテウス。夜になると、肝臓は再生するので、プロメテウスは、未来永劫、肝臓をついばまれる苦痛を受ける。今日もカウカソス山では、プロメテウスが苦悶の声が・・・
プロメテウスは、人間を作った神でもある。人間が地上に現れて、何年経つのか分からないけど、一向に大人にならない人間。愚かで、欲深く、罪深い人間。そんな人間に、『火』を与えてしまうくらいだから、プロメテウスも、どんくさい。人間を作るときのモデルは、自分だったんだろう。隣国には、長距離ミサイルに核を乗っけて飛ばそうという、ひどい奴もいる。一方でそんな核兵器を世界で一番多く持っている連中が、日本の一番の友人だったりする。でも、そんな奴も、私たちも、みなプロメテウスの創造物。
62年前に被爆した人の中には今も、病苦に責めさいなまされている人がいる。あたかもプロメテウスのように。単なる『東京電力の不祥事』として片付けれない、国がその限界を露呈し、IAEAに助けを求めたと言う事実。『神の火』をめぐる原子力行政は、大きな転換点になると思う。(限られたニュースの中で、私が思っているだけで、そんな大げさなことではないと言われるかもしれないけど・・・・・・。)