数年前のある春先の夜、
突然店仕舞い中のフィールドのドアが開き、
大きな男が「ぬお」っと入って来た。
時々上の鉄板焼きの店と間違えて入ってくる人がいるので、
「あ、また間違えてるな」と思ったが、
「ここライブハウスですよね?」と言う。
その男が「石村吹雪」だった。
長年世話になってたライブハウスが閉店になり、
代わりのホームとなる店を探していたらしい。
すぐに打ち解け、それから彼とフィールドとの付き合いが始まる。
もう充分「ベテラン」と言って良い彼は、
東京出身のシンガーソングライター。
基本的には、ギター一本の弾き語り。
独特の詞の世界とコード進行は、
誰かに強く影響を受けた訳では無く、
むしろ外部からの刺激に左右される事無く、
脈々と己の世界を構築して来た。
これは実際には稀有な例だ。
普通は多かれ少なかれ、その音楽の中に、
誰かしらレジェンドの影が見え隠れするものだ。
だが、彼の音楽には誰の影も見えない。
とにかく個性的でユニークだ。
石村吹雪は多作だ。
とにかく持ち曲数がハンパない。
見たモノ、感じたモノを片っ端から曲にする。
食べ物ネタから、野球ネタ、電車通勤ネタ、
ちょっとしたストーカー的な話しや、お気に入りの理髪店まで、
出会い頭に何でも歌にしてしまう。
「愛の歌」「人生の歌」も結構多いが、
その表現も独特でリアリティーに溢れ、
そして説得力がある。
歌を楽しむとは、音楽を楽しむとは、
こんな形もあるんじゃないですか?と
オーディエンスに提案し、共感を得ている。
そしてその独特の世界を説得力のあるモノに変えているのは、
圧倒的な演奏力だ。
歌唱力、ギターのテクニック、
そして客席を見事に巻き込んだステージングは、
「さすが」なレベルだ。
「安定感」の大切さを体現している。
だからこそ観客は安心して足を運ぶ事が出来る。
そして自分の活動だけでは無く、
後輩への道を作る、という指導的立場も忘れない。
現在池袋フィールドで展開中の月一イベントでも、
ゲストとして若手を積極的に起用している。
また、自分のステージ自体も、
それを観る事により学ぶ部分があるはず、という立ち位置。
フィールド出演者も勉強のため、足を運んでいる。
終演後、丁寧に彼らに対応し、話し込む姿を何度も見ている。
ミュージシャンが、アーティストが進むべき道は幾つもある。
果たすべき役割も、また多彩だ。
結局メジャー展開は無く、特別大きな成功を収めた訳では無いが、
「石村吹雪」の立ち位置は、ある意味「理想的」だ。
長く、しっかりとした活動を安定して続けている。
それは、貪欲な創作意欲、しっかりした演奏力、
そしてブレない姿勢が、彼を支え、ここまで導いた。
せっかくの才能を無駄に消費し、
挙句すぐ諦める若者達にとって、彼の存在は大きい。
ある意味頑なで、柔軟さに欠ける部分もあるが、
「ブレない生き方」には必要な要素なのかも知れない。
アーティストに限らず「真っ直ぐ生きる」は難しい。
「夢を諦めない」「自分を信じる」
言葉は美しいが、実現するのは至難の業だ。
皆んな歌では高らかに歌うくせに、
現実にはあっという間に捨てる。諦める。
「石村吹雪」という生き方がある事を知って欲しい。
問えば「いや、別に普通にやって来ただけ」と言うだろう。
一本道を歩いて来た者は、見通しが良く、すぐ見つかる。
曲がり続ければ、誰からも見えにくい。見つけにくい。
真っ直ぐ歩く者の後には、道が出来、人が連なる。
単純に、それが「石村吹雪」の立ち位置だ。
ただ曲を作り、唄い続ける。
それで良いじゃないか、と。