地球の未来
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親と子は合わせ鏡か~ある長老の棟梁の話~

 子供が親を殺し、親が子供を殺す。兄弟でも殺し合ったり、友人や教師の間でも実は簡単に「殺し」が起きる。悲惨な事件がとにかく多くなった。全国の少年院入所者の調査を見ると、何と半数以上が、両親や祖父母から暴力などの虐待を繰り返し受けていた、と訴えている。そのことが自分の非行に「関係があると思う」と、三分の二が回答している。別の調査では、乳幼児に対する虐待の加害者の9割近くが母親だという!また京都府警では、「子供の悲惨な非行など、その子の台所にいけばすぐわかる。まな板、包丁など使われた様子がない子が多い」とか・・・。

 また少年院に入った子が落ちついてきた頃アンケートをとると「親の料理やみそ汁を飲んだ記憶が殆どない」と答えている。さらに「誉められたり、認められたことも殆どない。怒られてケンカするだけだった」という。何とした悲しさ・・・。それぞれの子は話ベタで、話した時間のことや認められたこともなく、心を傷つけていっている。

 自己嫌悪や劣等感だらけだ。貧しい国々では、「明日までは生きていたい」と海外青年協力隊の女性の胸に抱かれて泣く子がいる・・・・のに。


 これからの日本の子供たちをどう育てていけばいいのだろうか。貧乏が強い波の如く繰り返す中で子供への教えについて、ある長老の棟梁の話が胸に響いた。

「今、教育が必要なのはまず大人だ。教えるとか育てるとか、学校がどうのこうのと偉い人たちがいっているが、余計なお世話が多い。子供は親の言うこと不機嫌な口先の話や怒ったしつけから学ぶんじゃない。親のしていることを見たり感じたりして学ぶんだ。

 親が何のために、どのようにして働いているか、子供はよく見ている。親が共働きだろうが、しっかりと生きている限り大丈夫なんだ」

 「毎日の実践だよ。やってみせるというか貧乏でも一生懸命活きてみせる。誇りを持たせる。良いところは大いに認めてやることだ」

 「やたらと物を与えたり、小遣いでごまかさなくても、気持ちがあれば子供には伝わる。それが本当のしつけだし、育てる、教えるということだ。人ってのは、親が生きたようにしか生きられないと思うよ」

 

 親の存在、子供の存在。何が一番大切か、一日一日、笑顔を多くして、一緒に友といたり親といたりすることが本当に「言葉・コミュニケーションと共に大切だ」と思う。

 「家族」のあり方が子供のすべてを決めるように思う。

それが「明日だ」と力強く言い切りたいものだ。

見えるものは見えないものにつながり、見えないものは見えるものにつながる②

 木々や森の一ヶ所をとっても、百年に1cm~1.5cmの黒土を作り(落ち葉が風に飛ばされたり、流されたり、崩れたりしながら微生物に分解されて黒土になる故に長期間かかる。日本はすばらしい栄養のある黒土を持っていたが、今は多い深さで平均40cm~30cmになってしまったといわれる)、そして水を貯え、川を作り、海の魚さえ育て、大気を冷し浄化し、酸素を作り・・・。

人間には見えない、聞こえない、感じない、知らないでいるあまりにも多くの自然界の力によって、我々はまさしく生かされているのだと解ってくる。見えないから存在しないのではない。全ては通じている。

 生命を支える大自然のしくみの何と強力で精緻で荘厳なことか。果たして人間社会のしくみはどうでしょうか?

 自然界に学ぶことばかりです。

見えるものは見えないものにつながり、見えないものは見えるものにつながる①

 植物はとてつもない生命力を持っている。それだけでなく、いかに水を根に貯えるか想像を絶するといえよう。

実例の一つを見ても感動した。まず縦30cm、横30cm、高さ30cmの箱の植木鉢に、米国のカルフォルニア大の植物学者が実験でライ麦一粒を蒔いた。さて4ヶ月後に掘り起こし、丹念に根気よく調べた。ライ麦は地上部の高さ50cm、茎数80本、葉480枚に元気に育っていた。

それに対し地中の根の部分を掘り起こし詳細に実に根気よく、地上よりも数日をかけて調査した。何とライ麦の見えない地中の姿は、主根が143本、支根の二次根3500本、三次根約230万本、四次根約1148万本、何と総計約1380万本にも及んだ。これを連結した長さは実に620km!東京駅から兵庫県加古川駅にもおよぶ。

 さらに毛根全部を合わせると、驚くことに鉄道線路にして西鹿児島駅と北海道根室駅間を1往復するという!


 




エジソンと日本・その精神的つながり~その②~

 エジソンは、明治天皇に発明したオルゴールを贈ったり、金子賢太郎、御木本幸吉、野口英世、渋沢栄一などと交流もあった。エジソンの研究室には、岡部芳郎という日本人青年がいたことも判明した。岡部は静かで勤勉・誠実な書生であった。気難しく短気、変人気味のエジソンに研究室だけでなく、自宅の方でも働いた。徹夜近くにもなる中、手抜きもせず一生懸命尽くしたという。岡部芳朗をもってエジソンは大の日本ファン「日本人は勤勉で偉大だ。信頼できる」とすっかり絶大な好意を持ったといわれる。


 家には日本の花瓶や真珠を熱心に集め、庭には日本の楓や竹を植え、ミーナ夫人も夫以上に熱烈な親日家だったといわれる。電灯のフィラメントに京都の竹が使われたわけだ。

 

 日本人との精神的つながりが、エジソンの発明や発想を豊かにする源のひとつになっていたといわれるわけだ。かつて日本・日本人はその生き方や生活、風俗、文化そのものなど、一人一人世界の多くの人たちから好意を持たれ尊敬されていたのだと思うと心から熱くなる。嬉しくなる。勇気が出てくる。しかしながら今の日本、今の私たち自身を直視してみて、エジソンがいうように、はたして心が進化・進歩しただろうか。自問自答もむなしく、反省するのみのような気がしてくる。

 

エジソンと日本・その精神的つながり~その①~

 歴史に出てくる日本・日本人は、実に感動し考えさせられることが多い。外国の偉人たちの多くが日本・日本人を心から誉めている書き物が残っている。

 例えば発明家エジソン(1847~1931)が百数年前に残した日記には、次のようなくだりがあるという。

 

われわれは、この世に存在するものの真のパワーを全くといっていいほど理解していない。これからの機械文明の時代を生きるには、心を進化させることが必要だ。そうすれば、宇宙のエネルギーは不変であって、人間の魂はもちろん、全ての存在は結びついていることがわかるだろう」。

これは正に今、現在の世界の動静であり研究の中にあることだ。


 それにしても、さらに自然や機械との調和、全てはつながっている、という考え方を、エジソンはどこで学んだのだろうか。それは驚くなかれ「日本」からであった。

 エジソンの寝室には、「日本体験記」(ジョセフ・クラーク著)があり、それ以外にも新渡戸稲造の「武士道」や「東アジアのユリの花」、「アジアの人と神秘」、「極東の名匠の生きざまと教え」などの名著があり、日本や東洋思想に強い関心をもって読んでいたといわれる。特に、日本人の宗教観や歴史観に強い関心を抱いていたようで、独特の書き込みが本の随所にみられるという。


会話する微生物・種の不思議~その②~

私たちの体の中には、「微生物のかたまり」ともいえるほど無数の、さまざまな種類の微生物が生きている。さらに大自然界には、いたるところに天文学的数字の微生物が生きている。だとすれば、私たちの体内や自然界のいたるところで、すさまじい数の微生物の信号「音」が飛び交い、通じあっているに違いない。そして、すべての微生物に通じる信号「音」が発見されるかもしれない。

 大腸菌などは、適温で条件が整えば1日半位で地球上を一杯にする数になるとか。海底の噴火口でも1000度を越えるというのに微生物の発見が伝えられているとか!知り始めると色々な感情にならざるを得ない。



 神戸北区の独鈷山鏑射寺山主・中村公隆師は、「゛声"を発すれば、その響きで周りの大自然、草や木、石や土などあらゆるものが揺れて゛意識"が通じる。さらには、゛声"を出さなくともその゛意識"、゛想念"は波動となって、山や谷、草木や風と、ありとあらゆるものに伝わり、それぞれがさらにお互いに゛意識"を通じあっている。地球上のすべては、みんな親兄弟であり仲間なんだよ」といわれる。

 東大の故中村教授は「ニューヨークでの紋白蝶の羽の風が太平洋を渡って台風になって来ることも可能だ。とにかく松の実が周囲80cmの大木にも育つ種の不思議。これだって紋白蝶の風と同じようなものだ、と考えるだけで、生命って不思議だろう。会話も出来ると思うよ」とのこと。

 

 人間や自然界が互いに意識を通じ合うのは、なるほど当たり前のことなのかも知れないという気持ちがしてきた。


 早い勢いで色々な方面や形を変えた環境破壊が進む今、私たちは“自然界からの危険信号「音」”に、素直に耳を傾けなければならないのではないか。



会話する微生物・種の不思議~その①~

 大自然は、人智では計れないほどの不思議な事々で成り立っている。私どもが知らないだけだからだが。

 土壌微生物学会(元会長・農学部出身)現山口大学丸本学長は、農薬問題や土壌微生物の研究をされていた時、「今や電子顕微鏡が進んでいて、その結果1g中、土壌微生物は1億匹近くいるといわれている」とか。本当に驚いた!それなら泥の中は微生物そのものと言っていいのではないか・・・。


 微生物を使ったいろいろな実験の結果から、「微生物が会話をしている!」という事実を突きとめたのは、東海大学開発工学部・松橋教授の研究グループだ。

 きかっけは、生育にストレスとなる物質を入れて、微生物を培養していた時だという。


普通、この条件では微生物が育たないのに、順調に元気よく生育している別の微生物をそばに置くと、驚いたことに「つられるように増殖した」という。

 研究グループは、何らかの信号が元気よく生育する微生物から、ストレス過多に陥っている微生物に伝わった、と判断。

 二つのシャーレに分けて、繰り返し実験。微生物間で伝え合う何かがあるのか!?

 

 何と驚くべき結果が出た。

二つのグループの微生物は、①空気を遮断しても伝えあっている、②間に鉄板をはさんでも伝えあっている、③シャーレを「糸電話」でつなぐと、驚くことにかなりの長距離でも伝えあっている、というのだ。それが化学物質でも電磁波でもなく、「音」であると結論づけている。様々な信号「音」を交わしていることが分かった。

 また、シャーレの中に喰う側と喰われる側の微生物に分けておいたところ、いっせいに喰う側は、ドンドン喰う勢いを増して喰い、それが一定の所へ来るとピタリと喰うのを止める。一気に全部喰いつくさないのだとか。その一定の所の対比は他の多くの微生物でも「7:3」の比率だという。

 つまり全部喰い尽すと自らのグループも喰うものがないため、死んでしまうから、残しておいて生かしておいて、再増殖するとゆっくりと喰うのだとか。うまく生きてるなあと思う。

 

 とにかく環境がよい時は、生育を促進する音を出し、反対に栄養が不足気味になると、抑制音を発する。最も音量の大きい枯草菌の場合、20センチ以内では優良培地でも菌が増えなくなるし、枯草菌の過密集団のそばでは、メダカの卵がうまく育たないばかりか、未熟なままふ化して、さらに死んでしまう現象も観察されている。

 また、これら微生物の信号「音」は、「種」の違いを越えて伝えあっている、というのだ。


地球はシンフォニーその3~自然の神秘~

 ケニアではインパラ(インパラの名はズールー語から来ている。種小名melampusは「黒い足」の意で、後肢に黒い斑紋を持つ)をライオンなどから保護しようと柵で囲った。しばらくして次々と囲いの中の木の葉は毒を含み、インパラは死んだとか。死んだインパラの腹を割いて見ると、消化されていない葉が出てきたという。葉を食べられた木は自らを守るだけでなく、木から木に情報を伝えていて、みんなを守ったのだとか。


 とにかく「コミュニケーションをしている人間同士の脳波と同じ位相が植物にあることが解ったのだ。つまり植物同士で会話をしたり、情報伝達をやっている。今後は植物の生体電位を音楽に変えて、人間と共演させてみる」と三輪教授は語っている。


 人間を含めた動物だけでなく、山々の樹木も畑の野菜や切った野菜などもお互いに会話をし、喜びや悲しみ、苦しみなどの感情があったということか・・・・!いずれにしても山や川、海でも空などでも生あるものを見るにつけ、その連なりの中に生きる私たちは全てにおいて、それぞれ死をも考えていかねばならないのだと思う。「いただきます。」がそうだなあ。静かに感謝するのみだ。

 自然の大きさ、深さ、神秘というものを改めて考えさせられた。


ペタしてね

地球はシンフォニーその2~会話する植物~

「植物が楽しそうに音楽を聞いている」。という世界もある。

早稲田大学理工学部・三輪敬之教授が、観葉植物などに種々の音楽を聴かせての研究結果だという。

 「雅楽の鼓の音に際立った反応を示すものもいる。演歌を聴かせると、手拍子を打つようにタイミングを合わせている(生体電位変化)のもいる」。

 「百曲ぐらい聴かせたが、都はるみの『アンコ椿』によく反応した」という。とにかく酒作りや畑の野菜たちにも次々と聴かせて「良い味のもの」を作り出しているとか。

 

 さらにギョッとしたのは、「樹木たちがそれぞれ会話をしたり、情報伝達もやっているとしか思えない生体電位変化・移動がある」という。

 約250本の樹木の電位を同時に測れる装置で、新潟県、山形県のブナ原生林、富士山麓の自然林、西表島のマングローブ林などを測定してのことだ。例えば一ヶ所で熱湯をバケツ1杯、木の根元近くの大地にざっと流した途端、電位計が振り切れるように「ギャー!!」という叫びが聞こえる如く、電位計が次々、次々と山の中や林の中をその「ギャー!!」がうつっていったそうだ。

 またキャベツを2つおいて、一方を包丁でグサッと切ると、この「ギャー!!」がもう一方のキャベツにつけた電位計に悲鳴そのものの地震波形のような図形で現れるとか!

地球はシンフォニーその1~自然の音楽~

 バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝の辻井伸行氏(20才)は全盲のピアニストだ。驚くことに、母親のはずむ声で歌うジングルベルを聞き、玩具のピアノで直ちに曲を弾いたのは2才のクリスマスの夜だったとか・・・。

 その後は「僕は風が大好きです。風が吹いてくるといつも立ち止まって今日の風は・・・とその中味を想像します。」と語るように「朝食の時の川の音のきれいさ、その違い」や「木の葉の音が東京と違った」とか、水の音や風や鳥の声などを聞くと自然に音楽が浮かぶそうだ。とにかくどんな複雑な曲もどんな自然の微細きわまりない音も全て記憶できるとか。それも楽しくて仕方がないのだそうだ!

 

 かつて幼少の時、全盲になった「春の海」を作曲の筝曲家・宮城道雄は扇風機の音を幾度となく聞き入ることが多く、その音について「どこか広い海の沖の方に夕日が射していて、波の音が聞こえるようにおもわれる。・・・・何となく淋しいような、悲しいような気持ちになって」と随筆に書いている。

 また面白いことに夏の蚊の羽音について別次元のようなことを書いている。「2、3匹よって、プーンと立てる音は篳篥(雅楽器)のような音がして、なかなか捨てがたいもの」とか・・・(「新編・春の海」)。自然の音、自然の命の音は実に豊かだ。