来年2015年4月2日から5月21日まで「高野山開創1200年大法会」が催されます。私の生家は真言宗智山派の檀家です、と言ってもお葬式や法要以外に、真言宗と関わることは殆どありませんでした。でも縁とは人知を超えたものですね。
20年前に脱サラし、今の仕事を前途洋々とした気持ちで始めたのですが、すぐに現実の壁にぶつかり悶々とした生活していました。あるときラジオから「妬む、怒る、愚痴る」の三毒の法話が流れてきてとても心揺り動かされました。まさに自分が三毒にどっぷり浸かった精神だったんです。その法話の最後に「高野山の時間」ですとあって、高野山=真言宗=生家のお寺だと連想し何か親しみと縁を感じました。それからは毎週のようにそのラジオを聞いて、次第に考えが変わっていったように思いました、そうしたら生活習慣も前向きに行えるようになり、それまでのような三毒の心が少しだけど消えていったように思えた。そして今は世話になっているみんなの支えがあってですが何とか20年間仕事続けてこられました。この先もみなさんの支えとその恩に対してのお礼の代わりの努力をして、仕事続けていきたいと思っています。
「人は出会うべき人に必ず出会う、少しも早くなく遅くなく」という言葉を教わったのも高野山の時間ですからでした。一期一会の本質を表した言葉だと思います。
20年間旅行など考えられない生活をしてきましたが、ご恩に対するお礼とこの先の人生訓を見つけられたらと思い来年の大法会に出掛けようと思います。
皆様にも人生の訓辞となるような言葉との出会いや、報恩の志を抱けるような御仁との出逢いがありますようにお祈りしています。
20年前に脱サラし、今の仕事を前途洋々とした気持ちで始めたのですが、すぐに現実の壁にぶつかり悶々とした生活していました。あるときラジオから「妬む、怒る、愚痴る」の三毒の法話が流れてきてとても心揺り動かされました。まさに自分が三毒にどっぷり浸かった精神だったんです。その法話の最後に「高野山の時間」ですとあって、高野山=真言宗=生家のお寺だと連想し何か親しみと縁を感じました。それからは毎週のようにそのラジオを聞いて、次第に考えが変わっていったように思いました、そうしたら生活習慣も前向きに行えるようになり、それまでのような三毒の心が少しだけど消えていったように思えた。そして今は世話になっているみんなの支えがあってですが何とか20年間仕事続けてこられました。この先もみなさんの支えとその恩に対してのお礼の代わりの努力をして、仕事続けていきたいと思っています。
「人は出会うべき人に必ず出会う、少しも早くなく遅くなく」という言葉を教わったのも高野山の時間ですからでした。一期一会の本質を表した言葉だと思います。
20年間旅行など考えられない生活をしてきましたが、ご恩に対するお礼とこの先の人生訓を見つけられたらと思い来年の大法会に出掛けようと思います。
皆様にも人生の訓辞となるような言葉との出会いや、報恩の志を抱けるような御仁との出逢いがありますようにお祈りしています。
気持ちでは行動起こさなくてはと思っても、自分に勇気が無く行動を起こせなかった事で失われたかもしれない生命のことを思うと、悔やんでも悔やみきれない。そればかりでなく、勇気の無さの代償は一生背負わなくてはならない。今はとても寂しい気持ち、その寂しさを埋めるのは生きている生命と接するしかない。
以前なら躊躇する生命との係わりも今は積極的になれそう。
生命との係わりで勇気出さないと一生後悔と懺悔の荒波から抜け出せない。
以前なら躊躇する生命との係わりも今は積極的になれそう。
生命との係わりで勇気出さないと一生後悔と懺悔の荒波から抜け出せない。
今年は多くの生き物と関わる機会に恵まれた。初めて目にする生き物、予想外の長期の関わり、同一種の対称的な関わり。関わっていると言っても、単にその生き物が自ら生きていく事を少し手助けしているだけ、多く関わるのは、その生き物にとっては良くないこと、有り難迷惑なことだと思っているから。自然に関わるというのは容易いようで結構我慢が必要です。夏休みになると、子供達に自然とふれ合う機会をとかいって「自然観察会」など行われるが、私の考えからすると自然なんて観察会しなくても身の回り至る所にある。自然界を観察するんではなくとう関わっていくか、周りの生き物とどう関わるか経験させればすむこと。中には残虐な事をするかもしれないが長い目で見れば、自然と共生出来るよう成長すると思う。人間が一番だ、自分が一番だなんて思わないような大人にしたいね。
この花は何の花でしょうか?背丈1メートルの植物で30センチくらいの大きな葉が一株に7~8枚付いています。この写真では分かりませんが約2ha(ヘクタール)の畑一面この植物が何千株と植え付けられた様は壮観です。本当に最初見ると圧倒されます。何千株と植え付けられていますが咲いている花はこの写真の一株だけです。6月初旬畑一面がこの花のつぼみで一杯でしたが一日で全て切り取られてしまいます。種子を絶対に作らせないためだと思いました。この植物に興味持たれた方は是非調べてみて下さい。
心霊写真ではありません。写真ではよく分からないですがよく手入れされた生け垣に囲まれた道路です。私は毎朝ここ散歩する度ここの住人の真面目さが感じられ、散歩の姿勢もピーンとなります。
近くにはコンビニはおろか自動販売機すらありませんが、清く正しく生きていく上で何も不自由なことはありません。
おはようございます!!ってスッキリと言えない朝を迎える時もあります。特に約束を破られた時などは寝付けない眠られない、イライラと腹立たしさと悔しさと悲しさが繰り返し繰り返し自分の心と頭の中を巡っているから。もし昨日破られた約束を今日も待とうと思うなら、気持ちを切り替えて、約束はたった今交わしたって思って、その約束を果たすための色々な準備など最初から始めると良いかもと思う。真面目なで几帳面な人なら、真剣に準備や用意するから余計に昨日の約束が新しい約束に思えるように気持ちを切り替えることが出来ると思います。
刃物使っている時に、注意不足や無理矢理の使い方で手を切ったりしますね。その痛さに「次やる時には気を付けよう」と思うけど、数日たちカサブタ出来る頃になると気を付けようって事が少し薄れてきてしまう。キズが直ってしまうと、なおさら忘れてしまう。でも、その盛り上がったキズ痕を見ると、痛さ思い出して、使い方注意って思う。
最近の出来事で、人間関係にも当てはまるんじゃないかなと思った。自分の注意不足や思いやり不足から相手の方に深い悲しみと心にキズをを与えてしまった。時間経ち、その人の心のキズに、カサブタが出来、悲しみが癒えても、キズ痕は残る。ズーッと残ると思う。傷付けた者はそのキズ痕を思い、反省と思いやりのある行動することになるのではないか。そのキズ痕が二人にとってのちのち佳い思い出となるのではないかと思った。
最近の出来事で、人間関係にも当てはまるんじゃないかなと思った。自分の注意不足や思いやり不足から相手の方に深い悲しみと心にキズをを与えてしまった。時間経ち、その人の心のキズに、カサブタが出来、悲しみが癒えても、キズ痕は残る。ズーッと残ると思う。傷付けた者はそのキズ痕を思い、反省と思いやりのある行動することになるのではないか。そのキズ痕が二人にとってのちのち佳い思い出となるのではないかと思った。