「収容状況」

当日は犬が9匹です。下の写真の左に居る犬前日収容されてそうで元気なかった。職員の陰になっている犬も3日前だそうです。飼い主現れる確立はこの3日までと後では凄く違うみたいです。

前日収容犬、この後ハプニング発生します。一番下の写真、ご覧下さい。
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「見えにくいですが2匹のミニチュアダックスフンド?」

飼い主が持ち込んだそうです。でも、2匹とも譲渡決まりだそうです。

良かったね!!
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「猫の収容ゲージ」全部子猫多分1ヶ月前後だと思います。

収容期間長いのは7/15からでした。
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「見えにくいですが、子猫の収容開始日と猫の特徴を書いてボードです」
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「前日収容された犬、飼い主が現れ大喜び、さっきまでの大人しかった犬とは思えない変わりぶり

犬は飼い主とても好きなんだなと涙出て来ました」これも良かった良かった!!!
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「センターの現状」について応対して頂きました、昨年から勤務されている若い男性職員に伺いました。

立ち話で、資料等見ないで伺いましたので数字等は正確ではないと思います。


 ・1年間の収容した犬猫はどの位いましたか?

A・犬で100匹位、猫で500から600匹位です。

 ・どの様な理由で収容される事になるのですか?

A・犬は7割が捕獲で、3割が飼い主による持ち込みです。

  猫は殆どが捕獲です。といっても猫は殆どが子猫ですので、庭先や軒下にいて困るからと苦情連絡     や警察から依頼が有って捕獲に行きます。

 ・聞きにくいですが、殺処分になるのはどの位ですか?

A・みなさん、テレビなどで放送される収容施設のイメージがあって、1日ごと段々と処置室へ近づいて行く暗いイメージ有ると思いますが、当センターでは昨年で犬12匹が殺処分になりました。大多数が飼い主の判別や譲渡されています。一方猫は殆ど譲渡されていない。理由は当センターに収容される猫の年齢が殆ど生まれたての赤ちゃん猫のため、センターでは保育装置や人手無いので収容後短期間で死んでしまう。   

「施設の概要」

敷地面積:4,286㎡

管理棟:400㎡

収容棟:155㎡

働いている方:当日の目視

9名いらっしゃいました。

「建物の平面図」
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「管理棟の平面図」

広間があって、大勢の人を集めて動物の飼い方教室など行うそうです

手術室もあり、避妊手術も施すそうです。


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「収容棟の平面図」

ネコ収容室には3段重ねのゲージ?が有り結構多く収容出来ると感じました。

犬収容室は2段重ねのゲージが10コマに仕切られています。隣部屋に検疫室有りそこにも同様のゲージが設置してありました。この施設の収容可能な犬は20匹までです。
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収容室の反対側に「飼料室」がありました。覗くと「サイエンスダイエット」の大袋が30袋位収納してありました、少し不釣り合いなドッグフードだったので尋ねると「全て現物寄付」だそうです。この寄付があるからこそ、収容期限菅いても収容していられるとおっしゃった言葉が重く受けとめました。





8/25「船橋市愛護指導センター」を訪問しました。

船橋市は今年4月動物の愛護及び管理に関する条例」を制定しました。

僕なりの解釈「動物好きと動物嫌いと動物が少しずつ譲歩してみんなで仲良く暮らそうよ」条例だと思います。船橋市の飼い主不明の犬猫の保護収容施設の「動物愛護指導センター」の様子を見てみたいと以前より思っていた。


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写真が斜めなのですが、実際の建物も少しひび割れや路面の波打ち状態など、震災の影響かなりあったように思いました。

厚労省発表の一昨年度動物愛護管理施設に於いて「殺処分(窒息死)」された犬猫の数は230,000匹。これだけの懸命にただ一生懸命生きようとしていた犬猫の生命が絶たれた。僕はその中のたとえ1匹でも良いから、一生懸命に生きる道を作りたい。そのために老犬ホームを目指そうと思う。


小学校時代の友人ひろとその相棒の盲導犬アンナの話しが老犬ホームを目指そうとした最大のきっかけだがもう一つそれよりほんの少しだけ小さいけど結構大きい理由がある私の相棒「マーブル」の老化と日々の世話の増大化である。マーブルここ一年否や10ヶ月で大きく変わってきた、体力の低下と感覚器官の弱体化で世話する労力多くなってきた。今まで出来たこと、任せておいたことが駄目になった。そうすると、自分が余計に何かをしたり気を付けなければならなくなり負担増となり少しイライラしたりする。10年以上の習慣を短期間で変えなければならなくなる。マーブルが僕を主とし認め態度で表してくれたりマーブルも僕が面倒見ることに喜んでいる姿を見て満足感を味わっていた僕でさえ、老化による変化に対し苛立つ感情を持つのだから、他の多くの飼い主はきっと同じような感情もって飼い犬の世話しているのだろうな、主従(飼い主とイヌ)とも可哀相だなと思ったことが第二のきっかけです。

ひろが完全に光を失ったのは30代だそうだ。その後は一人杖をつき外の世界と係わりを持っていたが、それとてたかが知れている自然と籠もるように様になったという。そんな頃に盲導犬を試してみようかと思い、協会に行って事情を聞いたところ自分の考えの甘さが分かった。1頭の盲導犬に対し希望者はその10倍何年待っても回って来ない可能性もある。でも運良く3年後に1頭のメスの黒ラブ盲導犬「アンナ」がひろの候補犬となったそうだ。順調に試験期間もこなし晴れてひろとアンナの共同生活始まる。そこから苦楽を共にした8年間ご盲導犬アンナはただの黒ラブ「アンナ」になって盲導犬協会の引退盲導犬収容施設に引き取られていった。その後に現在のオスのラブ犬アンディが来ている。アンナとはその後は会うことなく、5年前2006年7月 13日13歳で永眠したと協会から連絡が有ったそうだ。その時ひろ全身の力抜けへたり込んでしまい、泣き叫んでしまったそうだ。後悔、一度どんな様子でいるか見てみたいそう思っていたが出来なかった悔しさ。僕も、このメール見て思わず泣いてしまった、「この世は何と薄情な、情け有れば会う機会作ってやって欲しいかった。」そう叫んだ。その時だ、「そうだ老犬ホーム」やろうと思ったのは。


書いていた後、今日の「日経夕刊」見ていたら何と僕がやろうとしている事の特集記事が、やはり「神から認められた後押しされた事」だと確信した。



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立ち話の中で「祭りに来たの」「祭りもそうだけど、アンナの墓参りに来たんだ、昨日が命日で。」「奥さん?」「う~んん、盲人の所に嫁さんなんか来ないよ、このサンディの前の盲導犬だよ。俺に生きる喜び目的を教えてくれた恩人いや恩犬だよ」「分骨して実家の墓に入れて有るんだ、俺の家は俺の代で終わりだから、アンナも一緒に入れたんだ」「そうか」その後少し話しをしお互いの連絡先教えあって別れた。

以降、メールで色々やり取りしている内、「引退後の盲導犬の実情」について知って行く。

7月の中旬田舎へ帰った。丁度となり町で夏祭りの最中で、田舎だけど賑やかだった。車で祭りの列の脇を通り過ぎよと徐行運転の最中「盲導犬」と一緒の中年男性を見かける。特徴有る顔つきから中学の入学式以来30数年ぶりの仲の良かった友と分かる。祭りから少し離れた場所に駐車し急いでその場所に戻る。「ひろ~、ひろ~だよね」「だれ?」「俺だよ、○○(本名)」「お~、ニコか(当時のあだ名)、久しぶり」「中学の入学式以来だよ、ひろ」それからお互いの近況を立ち話で。彼は小学校の時から弱視で殆ど文字など見えない状態だった、そのため中学からは嫌々ながら遠くの「盲学校」へ行った。でも、入学式だけは僕と同じ中学に来ていた、それ以来の再会。今は、全盲となり盲導犬と一緒の生活。

彼との再会が僕に「老犬ホーム」の夢を与えてくれた。

マーブルよいつもいつも一緒。

マーブル歳とってたので、様々な事を昔と比べるとだいぶ違う。それを見つける度寂しさや悲しさ感じる。

でも一つだけ変わらないこと、「じーっと僕の顔を見つめる瞳」いつも一緒だよって頭をなでると、そこにもまたひとつ変わらない、嬉しそうなマーブルの笑顔がある。いつまでも大切な相棒だよ マーブルへ