真白き富士の嶺、緑の江の島

仰ぎ見るも、今は涙

歸らぬ十二の雄々しきみたまに

捧げまつる、胸と心


ボートは沈みぬ、千尋(ちひろ)の海原(うなばら)

風も浪も小(ち)さき腕(かいな)に

力も尽き果て、呼ぶ名は父母

恨みは深し、七里ヶ浜辺


み雪は咽びぬ、風さえ騒ぎて

月も星も、影を潜め

みたまよ何処に迷いておわすか

歸れ早く、母の胸に


みそらにかがやく、朝日のみ光

暗(やみ)に沈む、親の心

黄金(こがね)も宝も、何にし集めん

神よ早く、我も召せよ。


雲間に昇りし、昨日の月影

今は見えぬ、人の姿

悲しさあまりて、寝られぬ枕に

響く波の、音も高し


帰らぬ浪路に、友呼ぶ千鳥に

我も恋し、失(う)せし人よ

尽きせぬ恨みに、泣くねは共々

今日も明日も、かくてとわに

心配掛けさせたくない思い、辛いやるせない気持ちを隠すため、涙を抑えてきたんだと思う。もう、心配掛けない、辛い思いも終わる、だから最期になみだ流したのだろう。それも一筋だけ。2001年10月29日11時34分でした。
あるHPを見ていたら「恵まれない子猫の里親」になった親子(母子)の写真が掲載されていた、親子と家族になった子猫の3人の写真。見ていてた私が幸せな気分になった。その写真写っている3人の楽しそうな様子や、この先に3人が経験するだろう色々な苦楽を考えるだけで幸せな気分になる。こんな小さな生命だけど、どんな人も幸せにするチカラを持っているんだなあと考えた。
今日は朝から太陽出て快晴。気温もやや低く湿度も差ほど感じられない。作業の仕事をするには一年で何回もないほど最適な陽気です。まさに、精一杯働ける日です。働ける喜びと有り難さを実感出来る「勤労感謝の日」です。

生物は、自然の中では無力ですよ。何をしようとしても何も出来ません。救おうと思っても当人が拒否すれば徒労に終わり、空しさ寂しさだけ残ってしまいます。運命ですから。


お断り:参考になればと思い書いてきましたが、書いている内にマーブルの事思い出し始め「別れのつらさ」遅ればせながら味わうことになりました。これ以上はご勘弁をと思います。また、再会出来ればと思います。



マーブルがした「最後の呼吸」今でも目に焼き付いている。決して苦しそうではなかった。ヨガ式の呼吸のようにお腹と胸が交互に膨らんで縮んでの大きな呼吸を数分繰り返した、そして、最後の呼吸口を大きく開け空気を食べるようにして、その直後呼吸止まり心臓の鼓動も止まった。「マーブルありがとう、よく頑張ったな、よ~く頑張った、ありがとう」不思議とこの言葉が出て来て、涙も溢れてきた。暫く顔や身体さすりながら涙流していたが、その後は不思議と悲しさ無くなった。飼い主の中には、最後の瞬間はもとより、暖かくまだ柔らかい内の身体にさえ触れることも出来ない方もいらっしゃる中で、私自身マーブルの最後の呼吸を見届ける幸運を授かった事に感謝しています。愛犬の死は決して恐ろしい場面ではありません。最後には不思議と感謝と感動があります。

マーブル亡くなって早や2ヶ月余過ぎた。亡くなった直後のブログで「その時に感じたことを書きます、それが皆さんのお役に立てれば・・」などと気取ったことを書きましたが、マーブルの事の苦しんでいることや自分自身がせつない思いでいたことなどを思い出さなくてはならないので書けずにいました。

苦しむ愛犬の姿を見るのが辛い、好きだった食べ物さえ口にしなくなり水も飲まなくなり、死を覚悟したときに「早く楽にさせてあげたい。もう苦しむ姿を見ていられない。可哀想で可哀想でたまらない」など大切に育ててきた飼い主ほど強く思うのでは無いでしょうか。


食べ物一切口にしなくなって4日目当たり、マーブル時々痛みからか夜中に吠え(泣き叫んでいるように感じました)ながら1時間以上殆ど感覚のなくなった後ろ足を引きずりながら動き回っていたときに僕も「早く楽に逝かせてくれよ、お願いだから、早く逝かせてあげてよ」と叫んだ事が何度もあった。「なんて、神は慈悲が無いんだ」と思った。そんな時に家族で「病院に相談してみようか、安楽死のこと」と何度も口にした。


今考えると「安楽死」を選ばなくて良かったと思う。「苦しんでいるけど、それも最後を迎えたマーブルの生き方なんだ」と感じました。さらに、安楽死させていたら「真のマーブルの姿」見ること出来なかった、最後に声かけてあげることさえ出来なかった。安楽死させていたら、マーブルとの思い出の中に「後悔」が残ってしまっていたと思う。