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あっ 鳥だ! 飛行機だ! ・・・ 天狗の弟子になった他惣治 ~ 山辺郡 山添村 大塩

むかし山添村大塩というところに他惣治(たそじ)という男がいました。


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月がきれいな晩に、夕涼みにでたところ、一尺(33センチ)の大きなホタルを見つけました。
他惣治は、めずらしいホタルだとおもい、追いかけました。
とうとう山の上までのぼりつめ、いよいよ追い詰めます。
なんと、ホタルと思ったのは小さな天狗でした。
あわてて手を離し、他惣治は逃げ出そうとした。
すると天狗が怒鳴りました。

こら他惣治、逃げるな。
今夜からお前は俺の弟子になるのだ。

びっくりした他惣治でしたが、すなおに弟子入りをしたのでした。
その日から三日二晩、天狗の修行をしたのでした。

いっぽう、他惣治がいなくなったので村では大騒ぎでした。
半鐘をならし、村中総出で他惣治を探していました。
そこへ、フラリ。
ボンヤリした他惣治がもどってきました。
問い詰めると、他惣治は
おらぁ、天狗の弟子になったぁ。今日は暇をもらったぁ。
尋常ならない様子に、他惣治は気がふれたのではないかと疑ったものでした。

ある日、大空を飛ぶ人に、村中仰天しました。
なんと、他惣治ではありませんか。
子供たちがはやしたてながら、他惣治をおいかけます。
「たそじさん、たそじさん、どこいくの?」
他惣治は、奈良へ奈良漬を買いにへいくとこたえて飛び去って行きました。
ものの半刻もたたないうちに、他惣治は、奈良漬を買ってもどってきました。

村人たちは、他惣治が天狗の弟子になったことが、嘘ではないとようやく信じたのでした。
それから三年目の春、他惣治は行方をくらましてしまいました。
他惣治は、きっとほんものの天狗となって、どこか遠いところにいってしまったのだろうと、村中噂しあったものでした。





ちょっと不思議で、
ちょっと切ない奈良・山添村の民話でした。
(°∀°)b
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狼の恩返し。 犬神伝説 ~ 奈良を最後に絶滅したニホンオオカミ

昔、日本にもオオカミが、住んでいたってご存知ですか?

ニホンオオカミは、日本の本州、九州に広く生息していました。

ところが明治38年(1905)1月に、奈良県東吉野村鷲家口で捕獲された雄を最後に、その生息情報が途絶えました。

それから50年が経ち、ニホンオオカミは絶滅したとされました。




ニホンオオカミが絶滅した理由は確定されていません。
・家畜に害をなすため、人間によって駆除された。
・狂犬病などの病気が蔓延した。
・餌となる動物が山から激減した。
・・・など、いわれています。
一部の山間部などで犬神、狼信仰が存在し、魔よけや呪術的なことに用いるため捕殺していました。

ニホンオオカミのの生態については、熱心に研究されることなく知られていません。
集団で行動することが多くみかけられていたそうです。
奈良でもあらわれ、鹿や山の動物に害をなしていました。

奈良と京都の県境にあたいする青山住宅団地一体は、昔、狼谷と呼ばれ、沢山の狼が生息していたそうです。
市坂や、梅谷などの村々では、牛舎で牛がおびえて暴れる被害などあったそうです。

さて、その狼谷でのお話です。

むかし、托鉢巡礼の僧が、奈良から加茂・笠置への道中、狼谷のあたりで、一匹の狼にであいました。
いかにも仲間はずれにされた狼でした。
僧は、弁当の残りを、狼に投げ与え、その場をしのぎました。

そんなことが何回かありました。

ある日のことでした。
狼は、いつもとちがって僧のそばにちかづいてくるではありませんか。
僧にの衣をくわえ、山中へと引きずり込もうとします。
逆らえば却ってひどいめにあうのだろうと僧は、こわごわとついていくことにしました。
すると小さな洞穴があり、僧はその中へと連れ込まれました。

しばらくすると、ドドドーッと、山鳴りのような大きなどよめきが起こりました。
なんと山から狼の大群が洞穴の前を横切っていき、また山の中へと消えて行きました。
僧は、生きた心地がしませんでした。
もしこの狼に洞穴へつれこまれなければ、狼の大群の餌食となっていたことでしょう。
狼は、日ごろの恩返しに僧の命を救ったのでした。

日本では狼は人語を解し、人の性の善悪を見抜く山の神の使いという考えがありました。
狼が人に恩返しをする話は各地に数多く存在します。


※参考
「奈良の昔話 奈良まちを支えた里編」
増尾正子・著
まほろば 出版局/編
ブレーンセンター/刊


わぉーーーーん!
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100年物語。棚田嘉十郎と平城宮 【奈良 平城遷都1200年祭】

昨年、2010年の奈良は「平城遷都1300年祭」でわきかえっていました。

実は、100年前にも平城遷都1200年祭」が開催されていました。




棚田嘉十郎(たなだ かじゅうろう)さんという人をご存知ですか?。



明治維新後に、巻き起こった廃仏毀釈運動
荒廃した社寺王国奈良県
どん底の中から、観光地として復興の兆しをみせはじめた頃でした。


当時、棚田嘉十郎は、奈良公園で植樹の職にたずさわっていました。


奈良をおとずれた観光客が、嘉十郎に尋ねました。


「君、きみ。平城宮跡は、どのあたりだね。」


「ンむ・・・ああ、あのあたりだな。」


と指差した先は、古(いにしえ)の都の見る影もない荒れ放題の姿でした。


あからさまに観光客の顔が失望の色にそまります。

奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-平城遷都1300年祭 平城宮跡地 棚田嘉十郎

これをきっかけに嘉十郎は、宮跡の保存の意を強めます。


私財をなげうち、平城宮保存顕彰を訴え、跡地の買収にのりだしました。


貧窮の生活の中、東奔西走し署名運動を行います。



明治43年(1910)。


当時の知事の協力を得て、御下賜金をたまわるなどをし、平城遷都1200年祭を成功させました。


そして、大正2年(1913)念願の「奈良大極殿址保存会」を結成。

しかし、大正10年8月に彼が推挙した協力者の裏切ります。

その責任を負い、自刃します。
享年61歳でした。



その翌年、大正11年(1922)。
平城宮跡は「史蹟名勝天然紀念物保存法」で国の史跡として保護されることになったのです。
彼の悲願が、彼の支持者によって達成されたのでした。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-平城遷都1300年祭 平城宮跡地 棚田嘉十郎




そして、今・・・



 彼の像の左手には、発掘された宮の瓦が、

そして指差す先には大極殿があります。




彼の念願が100年の時を経て・・・


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奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-平城遷都1300年祭 平城宮跡地 大極殿
現在復元工事中の第一次大極殿。(2009年8月撮影)




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(2009年11月撮影)


2010年4月。


平城宮跡地で開催された平城遷都1300年祭。


遂に、大極殿が復元されましたのでした。



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(2010年5月撮影)

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今も、平城旧跡地に行けば、棚田嘉十郎に会えますよ。
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