100年物語。棚田嘉十郎と平城宮 【奈良 平城遷都1200年祭】
実は、100年前にも「平城遷都1200年祭」が開催されていました。
明治維新後に、巻き起こった廃仏毀釈運動
。
荒廃した社寺王国・奈良県。
どん底の中から、観光地として復興の兆しをみせはじめた頃でした。
当時、棚田嘉十郎は、奈良公園で植樹の職にたずさわっていました。
奈良をおとずれた観光客が、嘉十郎に尋ねました。
「君、きみ。平城宮跡は、どのあたりだね。」
「ンむ・・・ああ、あのあたりだな。」
と指差した先は、古(いにしえ)の都の見る影もない荒れ放題の姿でした。
あからさまに観光客の顔が失望の色にそまります。
これをきっかけに嘉十郎は、宮跡の保存の意を強めます。
私財をなげうち、平城宮保存顕彰を訴え、跡地の買収にのりだしました。
貧窮の生活の中、東奔西走し署名運動を行います。
明治43年(1910)。
当時の知事の協力を得て、御下賜金をたまわるなどをし、平城遷都1200年祭を成功させました。
そして、大正2年(1913)念願の「奈良大極殿址保存会」を結成。
しかし、大正10年8月に彼が推挙した協力者の裏切ります。
その責任を負い、自刃します。
享年61歳でした。
その翌年、大正11年(1922)。
平城宮跡は「史蹟名勝天然紀念物保存法」で国の史跡として保護されることになったのです。
彼の悲願が、彼の支持者によって達成されたのでした。
そして、今・・・
彼の像の左手には、発掘された宮の瓦が、
そして指差す先には大極殿があります。
平城宮跡地で開催された平城遷都1300年祭。
遂に、大極殿が復元されましたのでした。
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