奈良県が消えた時代(1) 明治維新後、奈良は大阪府に属していた 【再掲載】 | 奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ

奈良県が消えた時代(1) 明治維新後、奈良は大阪府に属していた 【再掲載】

奈良が”なら”とよばれるようになったのは諸説あります。
平たんな地形が、ならされた土地というところから来たともいわれています。

奈良県という地名が生まれたのは、明治維新の「大政奉還」後、慶応4年。
新政府が大和のおさえとして「大和国鎮撫総督府」設置し、
後に「奈良県」と改めたのです。

明治維新の後、明治4年(1871)7月に「廃藩置県」が施行されると、藩と県の統廃合がすすめられることになります。
府県統合の政策によって、大和一国を統括する奈良県は、明治9年(1876)4月には、堺県と合併しました。
更に堺県は、大阪府に合併されます。

こうして、奈良は大阪府の傘下で存続されることになったのです。

明治14年、「奈良県再設置運動」が起こり、同20年になるまで奈良は、大和として大阪府に属していたことになります。





奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-若草山山頂





ちょっと意外な奈良の歴史でした。
もしよろしかったら、ポチっとお願いします。
(°∀°)b
↓↓↓↓↓
人気ブログランキングへ






奈良歴史ミステリーハンターの電子書籍です。
奈良妖怪大戦争少年・聖徳太子物語

大和郡山 洞泉寺町 源九郎稲荷神社 社伝
神仏おそれぬ羽柴秀長、 白狐源九郎に折伏される




奈良の寺社150を歩く (PHP新書)/槇野 修
¥966
Amazon.co.jp