奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ -209ページ目

中大兄皇子の時代 白村江の戦い ~ 額田王 (下)


熱田津に 船乗りせむと

月待てば 潮もかなひぬ

今は漕ぎ出でな



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熱田津で、船を出そうと
月の出を待っていると、月も出、
いよいよ潮の具合もよくなってきた。
さぁ、今こそ船出しよう。


異国・朝鮮半島へ船出を詠んだ歌です。

百済を巡る戦いは、世に言われる白村江の戦い(はくそんこうのたたかい)です。
日本は大敗を喫します。

済明6年(660)。
百済が唐と新羅によって攻め滅ぼされます。
百済復興をかけて遺臣たちが、日本へ救援を求めます。
遥か昔、朝鮮半島を祖先とする一族の望郷の念か、
日本国内にとどまらない、あくなき占有欲のためでしょうか、

済明7年(661)、
斉明天皇一行は、百済救援のために難波津を出向し、熱田津(にきたつ)を中継し、九州へ向かいました。
愛媛県(伊予)の熱田津出港の際、額田王(ぬかたのおおきみ)がうたった歌でした。
出港の時期をはかっていたとき、全軍を鼓舞する歌だったのでしょう。

天智2年(663)、白江村に到着。
日本・百済連合軍は、唐・新羅連合軍と激突。
開戦から、わずか10日で大敗します。

中大兄皇子の時代 白村江の戦い ~ 額田王 (上)

蘇我氏の時代の終焉と、中大兄皇子の時代を迎えた大化改新。
国内では皇位継承をめぐる争いに発展。
同時期、朝鮮半島では、百済、新羅、唐の連合による戦争が勃発。
対して、百済と交流が深い日本が参戦します。

熱田津に 船乗りせむと

月待てば 潮もかなひぬ

今は漕ぎ出でな




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解説は、次回。つづきます。

草枕 有間皇子

前回 のつづきです。


家にあれば  笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る




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家にいたら、立派な器に盛って神前にお供えする飯なのに、旅の身である私は、椎の葉に盛る。



有間皇子

孝徳天皇の子。

舒明天皇12年(640)~斉明天皇4年(658)


謀反の皇子の烙印をおされた有間皇子が、護送される旅の苦しさを詠んだとされます。






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