中大兄皇子の時代 白村江の戦い ~ 額田王 (下)
熱田津に 船乗りせむと
月待てば 潮もかなひぬ
今は漕ぎ出でな
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
熱田津で、船を出そうと
月の出を待っていると、月も出、
いよいよ潮の具合もよくなってきた。
さぁ、今こそ船出しよう。
異国・朝鮮半島へ船出を詠んだ歌です。
百済を巡る戦いは、世に言われる白村江の戦い(はくそんこうのたたかい)です。
日本は大敗を喫します。
済明6年(660)。
百済が唐と新羅によって攻め滅ぼされます。
百済復興をかけて遺臣たちが、日本へ救援を求めます。
遥か昔、朝鮮半島を祖先とする一族の望郷の念か、
日本国内にとどまらない、あくなき占有欲のためでしょうか、
済明7年(661)、
斉明天皇一行は、百済救援のために難波津を出向し、熱田津(にきたつ)を中継し、九州へ向かいました。
愛媛県(伊予)の熱田津出港の際、額田王(ぬかたのおおきみ)がうたった歌でした。
出港の時期をはかっていたとき、全軍を鼓舞する歌だったのでしょう。
天智2年(663)、白江村に到着。
日本・百済連合軍は、唐・新羅連合軍と激突。
開戦から、わずか10日で大敗します。
中大兄皇子の時代 白村江の戦い ~ 額田王 (上)
蘇我氏の時代の終焉と、中大兄皇子の時代を迎えた大化改新。
国内では皇位継承をめぐる争いに発展。
同時期、朝鮮半島では、百済、新羅、唐の連合による戦争が勃発。
対して、百済と交流が深い日本が参戦します。
熱田津に 船乗りせむと
月待てば 潮もかなひぬ
今は漕ぎ出でな
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解説は、次回。つづきます。
国内では皇位継承をめぐる争いに発展。
同時期、朝鮮半島では、百済、新羅、唐の連合による戦争が勃発。
対して、百済と交流が深い日本が参戦します。
熱田津に 船乗りせむと
月待てば 潮もかなひぬ
今は漕ぎ出でな
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
解説は、次回。つづきます。
草枕 有間皇子
前回 のつづきです。
家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る
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家にいたら、立派な器に盛って神前にお供えする飯なのに、旅の身である私は、椎の葉に盛る。
有間皇子
孝徳天皇の子。
舒明天皇12年(640)~斉明天皇4年(658)
謀反の皇子の烙印をおされた有間皇子が、護送される旅の苦しさを詠んだとされます。
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