中大兄皇子の時代 白村江の戦い ~ 額田王 (下)
熱田津に 船乗りせむと
月待てば 潮もかなひぬ
今は漕ぎ出でな
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熱田津で、船を出そうと
月の出を待っていると、月も出、
いよいよ潮の具合もよくなってきた。
さぁ、今こそ船出しよう。
異国・朝鮮半島へ船出を詠んだ歌です。
百済を巡る戦いは、世に言われる白村江の戦い(はくそんこうのたたかい)です。
日本は大敗を喫します。
済明6年(660)。
百済が唐と新羅によって攻め滅ぼされます。
百済復興をかけて遺臣たちが、日本へ救援を求めます。
遥か昔、朝鮮半島を祖先とする一族の望郷の念か、
日本国内にとどまらない、あくなき占有欲のためでしょうか、
済明7年(661)、
斉明天皇一行は、百済救援のために難波津を出向し、熱田津(にきたつ)を中継し、九州へ向かいました。
愛媛県(伊予)の熱田津出港の際、額田王(ぬかたのおおきみ)がうたった歌でした。
出港の時期をはかっていたとき、全軍を鼓舞する歌だったのでしょう。
天智2年(663)、白江村に到着。
日本・百済連合軍は、唐・新羅連合軍と激突。
開戦から、わずか10日で大敗します。