奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ -121ページ目

生駒のゆるキャラ!「たけまるくん」~伝統の道具から、最先端科学まで大活躍

たけまるくんです。
(≡^∇^≡)

奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-たけまる 生駒 ゆるキャラ


平成12年に、生駒市のイメージキャラクターとして誕生しました。
竹の名産地、生駒の竹がモチーフになっています。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-生駒 竹細工 茶筅

生駒の竹を使った特産品、茶道具・茶筅は、国内生産の90%を占めます。

奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-生駒 竹細工 茶筅


そんなたけまるくんは、あちこちで大活躍。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-たけまる 生駒 たけまる号

コミュニティバスたけまる号
奈良県生駒市が奈良交通に委託して運行しているコミュニティバスです。
大人 100円
小学生・障害者 50円
未就学児児童は無料。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-たけまる 生駒 たけまる号

今日もたけまる号は、みんなのために発進です!!


きわめつけは、こちら。

奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-たけまる ロボット


館内ガイドロボット たけまるくん
(奈良最先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 ロボティクス講座)

たけまるくんの性能。
【タッチパネル、音声によるコミュニケーション】
 つまり、会話ができます。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-たけまる ロボット

【目的地までのナビゲーション】
距離を計測センサーを内蔵。
環境地図とのマッチングをとることで、自分の位置認識します。
これにより経路をトレースし、目的地まで移動することができます。

生駒市北コミュニティセンターに常設。
訪問者とのコミュニケーションを図ります。


・・・

伝統の道具から、最先端科学まで、たけまるくんは、奈良県生駒市で大活躍!!

もし生駒におとずれたら、たけまるくんをさがしてみてくださいね。


クラッカー関連記事
>1.茶せんの里、生駒市高山町。竹の名産地と茶道具の歴史
>2.高山城跡を訪れました。
>3.高山城跡と東大寺大仏殿との意外な関係
>4.素朴な味のお菓子。 高山製菓 ~生駒市高山町

生駒市のゆるキャラ?

【天誅組】名裏方 毛利喜右衛門義之の覚悟

毛利喜右衛門義之は吐田(磯城郡川西町)の出身です。
大和五条に天誅組の旗揚げを聞くと駆けつけようとします。
幕府の疑惑を避けるため策をこうじ、郡山藩の大庄屋としてつき従い、五条町へ赴きます。
秘密裏に天誅組に通じ、出納方として軍資金を調達に駆けずりまわります。
時として自己資産をなげうって、天誅組を支えてきました。

しかし郡山藩はしばし不審な行動をする毛利を、密偵を使い調べ始めました。

毛利は、己の罪科が遺族に及ぶことを惧れ、すべての記録を焼き捨て、自らは死を覚悟しました。

文久3年(1863)10月。
毛利は五条を出立すると同時に駕籠の中で毒薬をのみ、吐田の邸へとむかいます。
邸にもどると、これまでの顛末を妻に話し、すぐに床につきました。
その夜、幕府の捕り方が数人乱れて、押しかけてきました。

妻は捕り方を制し、
「毛利義之は逃げも隠れもしません」
と叱責しました。
これに捕り方は婦人に従い、草履を脱いで毛利のいる部屋まで案内をうけます。
一同、横たわる毛利を前に絶句します。
すでに毛利は息絶えており、冷たくなっていました。
その顔は毒のため、無残に膨れていました。

【天誅組】立身出世 北畠治房と妻・三枝子

平岡鳩平は、法隆寺村(現・生駒郡斑鳩町)の商家の次男。
国学を学び尊王攘夷思想に傾倒します。

五条で天誅組の変が起こると、これに参加します。

しかし天誅組が吉野で破れると、命からがら幕府軍の重囲を逃れ故郷へと戻ります。

そこへ幕府側の追手が平岡の邸宅を囲みます。

平岡鳩平の命運もこれまでかと思った時です。

妻である三枝子が機転をきかせます。

召使いに手紙を渡すと頃合いを見図って、裏口を出るようにと指示します。

夫を床下に隠すと、大勢の幕府の捕り方の前へ進み出ました。

「夫・鳩平は邸にはいません。」と言い張ります。

捕り方の脅しにもビクともせず気丈にはねのけて見せます。

召使いが、連れてこられました。

捕り方は、鳩平宛ての手紙と知るや否や、
「鳩平は、彼処に隠れておるぞ!」
・・・と一群を率いて邸を去って行きました。

これにより鳩平は、一命を妻によって救われます。

後に長州、薩摩へと落ち伸び、明治の初めに上京し、北畠治房と名を改めました。

勤皇家として覚え良く、横浜開港場の裁判官となり、明治24(1891)には大阪控訴院長まで出世しました。

妻・三枝子は後年、奈良県庁から賢夫人として表彰されました。