石楠花の花がさく頃... 都祁水分神社 ~都祁紀行 大和国水分四社 (2)
「(1)水の神様がやどる地 」のつづきです。
都祁水分(つげみくまり)神社。
5月には、境内のそこかしこに植えられた石楠花が花をひらきます。
柱には千羽鶴が飾られていました。
奈良県奈良市都祁友田町。
宇陀、吉野、葛城と並ぶ大和国水分四社のひとつです。
速秋津彦命、天之水分神、国之水分神を祀っています。
創祀は定かではありません。
旅人が伊勢の五十鈴川 の霊水を奉持し、2人の少年と少女と老人を供に遊行中のことでした。
大和国の国境にさしかかったとき、突然、霊水が二白龍と化して天へ飛翔したそうです。
すると老人が、
「二白龍が水分神である。そしてわれらは三大神である。」
彼らも白鷺と化して西へ飛び去ったそうです。
その地を祀ったのが起源だともいわれているそうです。
参道をすすみ、境内にはいると、まわりには巨木が立ち並びます。
見上げると空が開け、あたかも森のエアポケットに鎮座する神社といった様相でした。
さて、正面・中央には、舞殿があります。
その奥が拝殿となります。
拝殿すぐ奥が本殿となります。
あざやな朱が走った垣の中に春日造の本殿です。
本殿は室町時代中期に造営されました。
現在では、国の重要文化財に指定されています。
拝殿の左右にある狛犬は、鎌倉時代末期の作。
頭が小さく、全体的に卵のよな形をしています。
都祁水分神社の北側に古い石燈籠があり、
閼伽井という井戸があるそうです。
燈籠には、万葉集の歌が刻まれているそうです。
~山辺の三井を見ても神風や伊勢の乙女に相見つるかな~
この友田には、他に日賀井、藤井の三つの井戸があり、
山の辺の三井とよばれていたそうです。
聖武天皇が堀越の頓宮で用いられ、
また伊勢の斎宮が参宮の途中、禊に使ったとも伝えられています。
近鉄大阪線「榛原」駅より
針インター行きバスで「友田」下車。
徒歩5分。
水の神様がやどる地 都祁水分神社 ~都祁紀行 大和国水分四社 (1)
奈良県奈良市都祁友田町。
田園がひろがる風景の中、こんもりとした森の中に鎮座します。
水分(みくまり)とは、山から流れる水が別れる”水配”の地を言います。
古くから大和川、木津川の分配を司る神として祀られてきました。
鳥居をくぐると、左右に土を盛った参道がつづきます。
よく私は、寺社仏閣を訪れた、その場の雰囲気を伝える時に”結界”という表現を使います。
つまり外界と隔てられた特有の空気、
入り込むと、すっと外界の喧噪がうそのように遮断され、
その場に限って、清々とした空気がみちみちている。
そんな様子のことを指しています。
元興寺 がまさにそうでした。
奈良町の喧噪とかけ離れ、遮断された空間がひろがっていました。
ここにはそれがありません。
田舎の景色に溶け込んだようなところです。
主張しない。しかし確かな尊敬を集めている場所。
言いかえれば、都祁そのものが、結界がはられているのかもしれませんね。
参道をすすむにつれて緩やかなグラデーションのように神域へ足をふみいれていくような、ピンとした空気を感じます。
だけど、粗野で田舎くさい。
土盛りの上にならべられた石灯籠は色々な形がそろい、無造作に見えます。
つづく


