最初にアメリカを撃った男。 神の翼 淵田美津雄 (2) ~ 算命学と奈良歴史 (再掲載) | 奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ

最初にアメリカを撃った男。 神の翼 淵田美津雄 (2) ~ 算命学と奈良歴史 (再掲載)

【連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
鋼の翼 淵田美津雄 (1) の続きです。

真珠湾攻撃総隊長の回想
淵田美津雄自叙伝

同年8月15日、終戦を迎えます。

終戦を迎え、かつては真珠湾攻撃の英雄とたたえられた男は、
一転、亡国の敗残者の烙印をおされます。


奈良は三輪山のそばに身をひそめ、酒びたりの荒れた日々をおくるのでした。
連合国側の一方的な戦犯裁判を呪い、
もって生まれた反骨精神は、やがて報復する方法を模索するのでした、

そんなとき、アメリカから日本軍捕虜が送還される情報を得ます。
この人たちがアメリカでどのように扱われてきたか知りたいと思い出向いて行った。
そして、アメリカの非道な事実を綴って、反論の題材にしようという魂胆があったのでした。

数多くの非道の事実を集めるうちに、ユタ州のある女性の話に興味惹かれるのでした。

マーガレット・コヴェル。

彼女の両親はパプテスト系の宣教師でした。
日本にも訪れていたが、戦中、日本軍にスパイの容疑をかけられ処刑されてしまったのです。

祖国で取り残された彼女がとった行動は・・・
両親を殺した日本人を憎しみ返すことではなく、憎いと思う日本人にこそ、両親の意思をついでイエス・キリストを伝える宣教に行くことでした。
彼女は、捕虜収容所の病院へおもむき、自らの考えを実践にすべき、捕虜たちが日本へ返される日まで、欠かすことなく世話をしたのでした。

はじめて淵田は、激しく心打たれます。
憎しみによる復讐は憎しみの連鎖しか生まないと悟ります。
やはり憎しみに終止符を打たねばならないと。


昭和26年(1951)3月。

淵田は聖書に傾倒し、ここに至ってキリスト教徒に回心したのでした。
平和の伝道師となり、再び、キリスト教徒として、再びアメリカへと渡るのでした。


さて・・・

1952年。アメリカ・ワシントン州ブレマートマン軍港。

「この子のために一緒にいのっていただけませんか」

淵田は集まった人々に、そう促し、子供の頭に手をおいて熱い祈りを捧げた。

「父よ、彼らを赦し給え。
 その為す処を知らざればなり」

 この話には後日譚があります。

・・・

それから10年後、ウエストポイントでの集会の時でした。

20人くらいの陸軍士官学校の生徒が現れ、リーダーの青年が、近づいて言った。
「淵田さん、私を憶えていらっしゃいますか?」
淵田は驚いて眺めるが、見覚えはない。
「そうでしょうね。10年も前のことです。私はブレマートン軍港で祈って戴いたあのときの少年ですよ」
おお、淵田は感嘆に似た声をあげた。
「そうか、大きくなったもんだな」
青年は、あの日以来、祈りに支えられ立派なクリスチャンとして育ったのでした。
陸軍士官学校に入ってから、聖歌隊を組織し自らが指揮をとっていたのでした。
淵田氏が近くの町に訪れていることを知って、応援のために仲間を連れて駆けつけてきたという次第でした。

人々は、イエス・キリストの栄光を見たと噂しあったとのことでした。



目算命学カウンセラー紅星くれないぼし先生の鑑定結果は、こちら。

連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】


第十弾 「淵田美津雄


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関連情報:


目紅星先生との連動企画で紹介した歴史上の人物はこちら。

 第一弾、豊臣秀長

 第二弾、筒井順慶

 第三弾、吉村寅太郎

 第四弾、菅原道真

 第五弾、中将姫

 第六弾、聖徳太子。

 第七弾、志賀直哉。

 第八弾、徳川家康。

 第九弾、安倍清明。


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