高畑サロンと、志賀直哉 ~算命学と奈良歴史 (再掲載)
連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
第七弾、 志賀直哉
東大寺は大仏殿、春日大社をつつむ春日山の原始林、自然あふれ、
若草山、春日山を一望する飛火野・・・・
春日の森を囲む閑静な街に、ひっそりと建つ邸宅があります。
かつてそこに住んでいた人々も、この眺めをみて過ごしていたものだと思われます。
昭和4年から9年間、白樺派の文豪「志賀直哉」が住んだ邸宅。
「志賀直哉旧居」。
奈良県奈良市高畑町に現在も保存されており、見学を行うことができます。
志賀直哉は、大正14年、京都山科から奈良市幸町の借家へ引っ越してきました。
その後、奈良公園に隣接し眺望のよいこの邸宅へ居をかまえました。
当時、交流をふかめていた作曲家の「菅原明朗」や画家の「九里四朗」など、多くの友人たちのすすめもありました。
なによりも、かねてからあこがれていた奈良の古い文化財や、自然の中で自らの仕事を深めていきたいという希望であったそうです。
ここで「暗夜行路」、「痴情」、「邦子」などの作品を執筆したとあります。
(志賀直哉旧居・二階廊下)
(志賀直哉旧居・二階六畳書斎)
志賀直哉唯一の長編小説「暗夜行路」の終章となる大山の夜明けがここで執筆されたそうです。
日記には「昭和十二年三月一日、「暗夜行路」五十三枚程とうとう書きあげた」と記されていました。
(志賀直哉旧居・二階客間)
自然あふれ、奈良の古今が融合した風景を耽溺したのでした。
このような言葉をのこしております。
「とにかく、奈良は美しい所だ。
自然が美しく、残っている建築も美しい。
そして二つが互いに溶け合っている点は他に比を見ないと言って差し支えない。
今の奈良は昔の都の一部に過ぎないが、名画の残欠が美しいように美しい。」
昭和13年。
皮肉にも、奈良の古い文化や自然の中に埋没して、
時代遅れになろうとする自分に気づき、
また子どもたちの教育を考え、鎌倉へ去っていくのでした。
(志賀直哉旧居一階書斎)
(書斎天井)
(書斎外観)
数寄屋造りに加え洋風や中国風の様式も取り入れており、
洋風サンルーム、娯楽室、書斎、茶室、食堂を備えたモダンかつ合理的な建物であったそうです。
「高畑サロン」の所以となった、文人、画家たちが集いかたりあったとされるサンルーム。
天窓をもち、モダンな雰囲気を醸し出しています。
一階食堂。
仕事にうちこむとともに、子供をこよなく愛した直哉。
庭には、堀のような穴をつくり、子どもたちのためのプールとしました。
志賀直哉旧居奈良市高畑大道町1237‐2
0742-26-6490
JR奈良駅、近鉄奈良駅から奈良交通「市内循環バス」、破石町バス停より東へ徒歩4分、北へ1分。
(志賀直哉旧居の標識あり)
入館料:
一般:350円
中学生:200円
小学生:100円
休館日:毎週月曜日。
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連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
第七弾 「志賀直哉
」
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関連情報:
紅星先生との連動企画で紹介した歴史上の人物はこちら。
第一弾、豊臣秀長 。
第二弾、筒井順慶 。
第四弾、菅原道真 。
第五弾、中将姫 。
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