私の顔を見て友人が驚く。
「いつも自転車でどこでも行く岩崎が流山にたどり着いた!」
と思ったらしい。
何名かに、「自転車できたの?」と言われたけど、
電車と徒歩です。
自転車だと片道4時間かかりそうで、
色々不都合多そうでしたから。
会場の江戸川大学には、
流山おおたかの森駅から徒歩で行く。
ぼちぼち歩いていると、
庭で何かしている
農家のおばあちゃんがいました。
第一村人発見!
「それ何をしているのですか?」
「ああ、これはササゲ豆をとってるんだわ。」
「農協に収めて売るんですか?」
「いいや、ジブンたちで赤飯炊いたりする。」
「へー。」
と、20分ばかしトークをして、
冷たいお茶のペットボトルを一本いただき、
明日も寄ると約束しました。
出会いってこうして偶然に生まれるから面白いのです。
次の日も顔を出すと約束したから同じ時間に顔を出したけど、その時おばちゃんはいなかったのです。
肩透かしを食ったときの気持ちは、
「素晴らしい!」、良かった!とは思えず、
「仕方ない!」と、諦めが先行し、寂しいのです。
今回の会のテーマが
「出会いから生まれるもの~ゲシュタルト療法と交流分析~」
キーワードは 出会い ですね。
ゲシュタルトの祈りの最後の出会いについての記述。
私は私の為に、あなたはあなの為に生きている
私はあなたの期待に添う為にこの世界にいるのではなく
あなたも私の期待に添う為にこの世界にいるのではない
私は私、あなたはあなた
もし私達が偶然にも出会うならそれは素晴しいこと
もしそうでないのであればそれもまたよし
Byフレデリック・パールズ
この、最後の行に疑問があるのですよ。
出会えなくても,それはそれで素晴らしい
と訳されることもあり、
「出会いのないことにすばらしさを感じる」 ことに反感を持ちました。
出会おうとして相容れなければ、それは悲しいではないか!
と、反感を持ちます。
こうして、疑問に思ったことは出会った人に聞いてみる。
岡田法悦さん。
「漫画に出てきた人ですよね!」
と、
それ以外に情報がないかそういうお声がけをしたが、
快くツーショット写真に写ってくれた。
「キレる私をやめたい」田房永子著の
コミックに出てくるゲシュタルト・セラピーのファシリテーター。
この日は一緒に写真を撮ったものの、まだ出会えた気がしてなかったのです。
大会の打ち上げて
岡田さんと一緒に帰りそうなタイミングで、
岩崎だけが引き戻されて
岡田さんだけ帰る事になったことがあった。
岩崎の自己紹介は済ませたけど、
私はまだ岡田さんを知らない。出会えてない。
でも、今さっき学会のニューズレターを見ていたら、そこに回答があった。
ゲシュタルトの祈りついての考察を、岡田さんが書いていた。
そのリンク↓
http://gestalt.co.jp/Prayer.pdf
出会えないのは仕方がないのだ。
最後の一行の考察が書かれているばかりか、晩年の書き足し2行も掲載されている。
私とあなたが私達の基本
I and you are The basis for we.
一緒にいて初めて世界を変えられる
Only together we can change the world.
学会で物理的な出会いはあったが、ようやく今、岡田さんに出会った気がした。
嬉しくなった。
TA(交流分析)と再決断療法との出会いがプログラムに組まれていたが、
もう一つ、リフレクティングとも出会えた。
会場の書籍販売のブースに置かれていたこの二冊。
私に買われた本。
物事は、全て、なるべくしてなる。起こるべくして起こる。
この日のお昼は、友人とのワークに熱中しすぎて、
「論文の書き方講座」に出れなかったけど、
これはこれで仕方ない(T_T)。
(やっぱり悲しい)

