7月の15日(土)16(日)、17(祝)は、千葉県流山市の江戸川大学で第8回ゲシュタルト療法学会でした。
学術的な収穫は多かったが、ブログに書くのは
「やっちまった!」
と思う出来事にする。
成功からも失敗からも、経験から通して学ぶことは多い。
だから、成功も失敗も、経験のシェアは学びにつながる。
初日は、ヴァン・ジョインズの再決断療法ワークショップを受けた。
観客は200人を超えていたと思う。
この、お父さんっぽい風貌のヴァン・ジョインズさん。
米のプレジデントに似てなくもない。
再決断療法とは、
人生の脚本、つまり幼児期に作った
自分の決断に基づいて構成された人生のパターンの
束縛から脱け出して、より自由で創造的な生き方をするために、
子供時代の自我状態に戻って、
決断をやり直し人生脚本を書き換えて行く精神療法。
うん、依存症の治療にも十分使えると思うのです。
「親がアル中だから――自分もお酒を飲む」
「虐待されて育ったから――それを連鎖させないために子供を持てない」
「あの時自分が●●すればなんとかなった。」
(この3つはあくまで例文。)
という、過去からの囚われ。その囚われが未来に影響する。
この呪縛を解いていくワーク。
ワーク自体の内容は、安全であり、守秘義務もあるので、自分の事に関してだけ言う。
幼少期の記憶が蘇ってきて、
「父にノコギリで足を切られたこと」
と、ワークのフィードバックで発言した。
今更ですが、言葉を縮めすぎてすごい表現になっているので、丁寧に説明します。
今、私は両足あります。切断はされてないです。
私が7歳位だった頃、父は観光会社で働いていたので、
家には旅先での酒のツマミのようなお菓子がたくさんあった。
さきイカ、柿ピー、せんべい
といった、大人のおやつばかりであった。
父が不在のときも多く、母もお菓子代などくれないので、
スキあれば母の財布からお金を盗んだ。
その取り調べ中の自白を取るための拷問として、
片手ノコでスネをこすられ、血が滲んだ。
それでも、自分は「自分が盗んだ」と言わなかった。
絆創膏ですぐに治る程度のものだった。
それまではいい。
私は、家では殆ど喋らず、親戚には
「あの子は唖か?」
(唖【おし】 口のきけないもの 差別用語)
と言われたほど寡黙だった。
だから、
(足を切られようが言うものか!)
と決めていた記憶はある。
でも、それは途中で遮られた。
5歳の弟が
「僕が盗んだ」
と言った。
そして、父は弟を殴った。
「お兄ちゃんの足が切られたのはお前のせいだ。」
と言ってた。
このエピソードだけ知れば、私の父は悪者ですが、私にとって良き父でしたよ。
その父は、私が大学生のときに自死した。
家族を大切に思っていて、それぞれに遺書があった。
父が自殺した話をしたら、この学会では何人かに声をかけられた
「私も親を自死で亡くしています。」
と、その悲しみに共にいてくれる人が集まった。
そして、少しの時間しばらく分かち合い、「今ここ」を体験した。
学会報告で知識を貯めるのもいいが、こうして出会いから始まるワークは貴重な体験。
早くして身体を離れた父だが、いつでもそばに居てくれる。
そして、この経験は、自死で身近な人を亡くした遺族たちに寄り添える大切な体験。
他の親には代えられない、どんな形であれ、存在してくれた父に感謝している。
2日目に続く。
